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2014. 03. 17  
翻訳者は成果物に責任を持つべきである、というような言葉をよく聞きます。
少しずつ異なる解釈はあるかと思うのですが、私は、それを、「なぜその訳語を用いたかをきちんと説明できること」と考えています。「説明責任」という言葉を使われる方もいます。まあ、訳語選びの理由も含めた適切なコメントを付していれば、新たに説明を求められることは滅多にないと思いますが(「その解釈間違ってないか? 再確認(又は再度説明)せよ」と差し戻されることはあります)。

気をつけて仕事をしているつもりでも、納期との追いかけっこで根を詰めて仕事をしていたりすると、ふと魔がさすことがあります。自分では「雰囲気決め状態」と呼んでいるのですが、「なぜその語を選択したかと問われたら説明できない」とフと気づく瞬間があるのです(いや、本当はあっちゃマズいんですが)。

常に「なぜその言葉を選ぶのか」を考えながら作業することは、(私の場合)理想ではありますが、いつもできているとは限りません。折りに触れて、「『なぜ』を忘れていないか自問自答する」ことが大切なのかなと。自戒をこめて書いておきます。

何がしかの根拠に拠って立つ「コレ」という訳語がなかなか見つからなくて、焦ったり腹を立てたり落ち込んだり安きに流されそうになったりすることも多いですが(あ、「雰囲気決め」していることもね)、この「(なぜその語を選択したかという理由も含めて)訳語を求めてもがく」作業、本来は、決して嫌いではありません。

逆に言えば、その作業が面倒臭くなる時が来たとすれば、それが、私のこの仕事の「止め時」なのかもしれないと、最近思うようになりました。それは、「言葉に対して鈍感になる」ということで、翻訳者としては致命的なことではないかと思うからです。


あ、なんか難しい話になってしまいましたね。
お詫びに、旦那の撮影した鳩ヒナちゃんの写真を掲載しておきます。

hatohina
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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