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2011. 01. 12  
在宅で細々技術翻訳をしているSayoです。

翻訳についてのこれまでを時系列にしてみると・・・

大学卒業後、一般企業就職
(通信→通学で出版翻訳の講座を受講)

メーカー生産部門でオンサイト翻訳(派遣)
(新聞の地方求人欄で見つけました)

結婚後在宅で翻訳を始める

旦那の転勤で渡米(6年滞在)

帰国翻訳を再開

・・・という感じで今に至っています。

オンサイト勤務の期間も合わせると、翻訳歴は10年超です(年だけはとった)。
特に専門分野と言えるものはなく、特許、契約書、化学、医学、経済(専門的なもの)以外、だいたいの分野のものは、「これなら行けそう!」と思うものはお引き受けしています。少量(出来上がり3~15枚程度)短期納期のものが大部分です。調査が苦にならないので、未知の内容の翻訳も結構好きです(実際にやっている時は、いつも半死半生なんで、そんな風に感じる余裕はないんですが)。

オンサイト勤務を辞めた時、派遣元でもあった翻訳会社さん(以後A社)に「家でやりますか」と声をかけて頂き、トライアルなしでお仕事を始めることができたので、ラッキーだったと思います。
当時は英訳が苦手で、和訳だけをやっていました。社長(家内工業に近い小さな会社で、社長から直接依頼を頂いたりもしていました)にも「英訳は使いものにならんな」と言われたし(結構ヘコんだかも<でも事実だったんで)。

その後、転勤に伴って一時お仕事を中断しました。
今にして思えばあっという間の夢のような6年間で、その時に色々勉強したから今があると思えるのですが、渡米前は、ようやく仕事が軌道に乗り始めた頃だったので、「行きたくないよ~」と柱にたかって泣きました(が情け容赦なく引き剥がされました)。

アメリカでは、旦那が残業(現地人から「crazy」と言われたらしい)・出張(週3度出張した時は、私に「俺、次どこ行くんだっけ」と聞いていた<しかしながら、旦那に分からないものが私に分かるわけはありません<無事に正しい目的地に向かったようです)・日本からの出張者の接待(という口実でカジノに行く)三昧で、殆ど旅行にも連れて行って貰えなかったですが(ちょっと根に持っている)、ボランティアをしたり地元のコミュニティ・カレッジに通ったりと、それなりに楽しく忙しく過ごしました(授業は面白かったけどハードで、それまでの人生で一番必死に勉強したかも、です)。

帰国後仕事を再開し、今に至っています。
長いお付き合いになったA社の他に、2社登録したうちの1社(以後B社)から、定期的にお仕事を頂いています。翻訳以外の事情でお断りせざるを得ない場合も多々あるので、可能な限り週末稼働するようにしています。
今では和訳と英訳の比率は6/4くらいです。

諸事情により、今以上に仕事量を増やすのはむつかしいかなと思うのですが、これからも、細々でよいので、事情の許す限り長く続けていきたいです。

(2012年1月追記)
2011年、一念発起して2社のトライアルを受験、ボツボツと医薬分野(医療機器)の翻訳も開始しました。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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