屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

3年前に、学年全体の同窓会が開かれて以来、
1年に1回、クラス会が開かれるようになりまして。
今年は、3連休の初日がクラス会でした。
クラス会となると、同窓会よりがたっと出席率は減って、
近畿圏在住の20数名のうち、15名前後が出席する感じになります。
(クラス全体は44名)

私自身は2回目の出席です。

同窓会では、近況報告に終始した感じでしたが、
クラス会も3回目となると、病気や介護、肉親の看取りなど、
「楽しくはなかった経験」も話題に上がるようになり、
同時に、それまで殆ど交流のなかった同級生同士の距離も
多少縮まったような気がします。
そりゃ、30+年だもんね、イロイロあるよね~。

子供の年齢は小学生~社会人と幅広いですが、大学生が一番多い。

あくまでも私の個人的な感想ですが、
「子供の話題」はもやは「話題の1つ」となり、
老親の介護や自分の健康・老後・仕事(含定年)・趣味など、
「自分系」の話題が増えてきたような気がします。
(そんな訳で、ワタクシも参加しやすいのでした)

というわけで、2次会まで、まずまず楽しく過ごしました。

進学校ではありましたが、高校生活はそれなりに楽しかったです。
文化祭や修学旅行は、かなりの部分を生徒に任せてくれるような学校だったしね。
「若かったね、バカやったね、楽しかったね」と盛り上がりもします。
でも、正直「ここ(高校の同級生の集う場所)が私の居場所」という訳でもない。
ワタクシは結構「今いる場所が私の居場所」というヒトなので、
あまり「あの頃/あの場所に戻りたい」ということはありません。
どこにもガタのきていない身体に戻りたいと思うことは多々ありますが。

そんな風にいつも一歩引いてきた人生が、
これから私をどこへ連れて行くのか、
それとも、老後を見据えて、
多少努力しても変えていった方がいい部分があるのか、
そんなことを考えたりしながら帰途に着いたのでした。
2014.07.22 21:14 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(2) |

おおっ、Bettyさん、まいどです~。おひさしぶりです!

Bettyさんたら、そんなとこまで似たら駄目じゃない~・・・と言いたいところですが、これはもう似たもの性格のなせるワザですかねえ。

同級生との距離感、む、むつかしい・・・
ワタクシの場合は、結構近くに住んでいながら、親しい同級生が少なかったこともあり、海外転出で行方不明になったまま、殆どの同級生と30年振りに再会って感じなんです。なので、フダン疎遠気味、会えば共通の話題で盛り上がるという、今の淡い関係が結構心地よいです。でも、本文でも書いていますが、子供がいないこともあり、40前後の年齢だと、こんな風にはいかなかったと思います。

Bettyさんの場合、「会わない」という選択肢がないようですし、普段の生活も交錯してそうですから、なかなか難しいですね。ワタクシ、偉そうなことは言えません。ただ、「良くも悪くも、自分自身もヒトとの関係もいつまでも同じではない」ということは言えるかなと思います。「真面目で引いた生き方」は、すぐには周りとうまくいかなかったり、誤解されたり、しんどくなったりすることもあるかもしれませんが、「そんな自分」でいると、年と共に分かってくれる人も出てくるようです。答えになっていないようですいません。

私自身、「一歩引いて」でここまで来ましたけれど、今では、「引きすぎても寂し過ぎる晩年になるんじゃないか」と考えるようにもなりました。かといって、濃いお付き合いは苦手なので、これからどんな風にしたものかと考え中です。

ヒトも変わる、自分も変わる、ということですね。
ただ、自分らしさは殺してしまわないように、気楽に行きましょう~。無理か~、すまん~。

2014.07.23 00:08 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

Sayoさん、ご無沙汰しています。

私も「いつも一歩引いてきた人生」を送っているのですが、なんの因果か故郷に所帯を構えてしまい、頻繁に誰かしら同級生とつながる生活に。
この田舎の地元の同級生たちとの距離感がうまく掴めないったらありません。

一生この土地で暮らすなら、距離を縮める努力をしないとならないのかしらん。地元を離れたことのない同級生が多く、価値観が全く違うのです^^;

この地や人に染まらず、慣れるようにしたいですけれど(希望)。出る杭は打たれる田舎なので、タイヘンです。うーむ。

2014.07.22 23:20 URL | betty #- [ 編集 ]













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