屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


*検索に掛かりにくくするため、DISK又は「彼」表記としています

「やっぱり・・・」というのが正直な感想です。
昨季で引退かなと思っていたので。
(世界選手権を棄権したことで、気持ちが中途半端になり
「休養」宣言に至った部分もあったのではと想像しています)

競技用のプログラムをもう少し見たかったですが、仕方ないですね。
掛ける言葉は、やはり「お疲れさま、ありがとう」でしょうか。


始めて滑りを見たのは10年以上前。
GPシリーズ初参戦のラリック杯のSPで、諸先輩を差し置いて(?)
いきなり2位のスコアを出してしまったため、FPで最終滑走Gに入り、
いかにも心細げな表情をしていたのが印象的でした。
(・・・のように記憶していますが、微妙に間違っているかもしれません)

以後、引退までの足跡については、TV報道でもう皆さんご存知と思います。
ワタクシもTVやYou Tubeで堪能させて頂きましたわ。
(おかげで仕事にならなかったさ<それは自分が悪いという説もある)

私は先駆けとなったいう意味で本田コーチを高く評価しているのですが
(上から目線ですいません)
「日本にはタケシがいる」という感じで、諸外国のトップ選手たちからは
あくまでの「自分たちの一人」として遇されていたような気がします。
(それまでを考えれば、それはそれで凄いことだと思いますが)

そのrespected rivalry(?)を一段引き上げ、国内はもちろん海外の若手選手からも
「憧れの選手」として名指しされるようになったのがDISK選手だったと思います。

初めて、毎季、新しいプログラムを心待ちにした日本人選手でした。
(それまでもそういう選手はいましたが、すべて外国人選手だったので)

今回の引退発言(だから「発現」じゃないって<My PC)を受けて、
過去のプログラムをいくつか再視聴しました。
(本当に便利な世の中になったものです)

「白鳥」や「オペラ座の怪人」など、怪我をする前のプログラムは
確かに素晴らしいものですが、改めて見直してみると、
どこか鋭角な硬い感じがしました。
(同一振付師さんですし、曲調もあって、そういう振付なのかもしれませんが)

それが、昨季の「ソナチネ」や「ビートルズメドレー」では、
もっと緩急のついた上下動の大きなまろやかな動きになっていました。
(あくまで素人が「綺麗だねえ」と見ている感想です<念のため)

それは怪我のせいかもしれませんし(柔軟性を高めた)、
本人が実年齢も精神的にも成長した証しかもしれませんし、
・・・無意識のうちに、自分を取り巻く人や環境などへの感謝の気持ちも
表れているのかもしれません。

本当に長い間頑張ってきたなと思いますし、
怪我を含め辛いことも苦しいことも多々あったとは思いますが
28歳という、大卒新入社員なら中堅に差し掛かろうかという年齢まで、
この競技を続けられたことは、本当に幸せなことだったと思います。
もちろん、本人の頑張りだったり、「助けたい」と思わせる人柄だったりが、
それを可能にしたのでしょうけど。

これからはショーに出演しながらも、フィギュアスケートという世界からは
少し距離を置いて過ごしたいとのこと。
これからの人生に幸多かれと祈ります。
(・・・という祝電を昔ようけ打ったなー)

One and Only - Daisuke Takahashi
(Misha Ge選手のTwitterのメッセージをお借りしました)
2014.10.15 19:46 | フィギュアスケート(14-15 season~)  | トラックバック(-) | コメント(0) |












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