屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

なんつって、翻訳の話ではないのだった。
がっくりされた方は申し訳ねえですが回れ右でお願いします。


経験しないと分からないことは多い。

母と折合いが悪かったことは何度も書いてきましたが。
母は、思い込みが結構強く、思ったことはその時に言ってしまう方が、後腐れがなくていいと思っている人だったので(よく言えば根に持たないタイプ)、私は何度も怒りで震えるような言葉を投げつけられました。私は今でもその時の情景とともにそうした言葉を覚えていますが、どうも、母は殆ど覚えていないようでした。特に、老いてからは、気に入らないことがあると、「黙れ」とか「死ね」とかずい分な言葉を浴びせられましたが(まあ、私も、母にそう思わせるようなことはしたけどね)、「かっとなったから」「本気じゃなかったんだよ」という感じで、本人に、相手が深く傷つく言葉を口にした自覚はないようでした。

そういう状態になってみて、私は、初めて、子供の頃の自分も、もしかしたら、クラスメイトに同じようなことをしていたかもしれないと思うようになりました。私は自分からグイグイ行くタイプではなかったですが、先生の受けは悪くなかったので(真面目でそれなりに成績もよかったもので<よくいる優等生タイプ)、クラスの中での立場をあまり気にせず、ぱっと物を言ってしまうようなところがありました(<というのは思い返してみての分析)。
そのことで、誰かに何かを言われたことはありませんでしたし、自分は何も覚えていないのですが、私の言葉で深く傷ついたクラスメイトが、もしかしたらいたかもしれません・・・たぶん、いたと思います。

傷つけた方は自覚がなくても、傷ついた方はずっと覚えているって、世の中にたくさんある。

そんな風に、自分で経験してみないと分からないことは多い。

とはいっても、実際に経験できないことは多いです。私にとってはまずは子育てがそう。
だから、せめて、私とは違う相手の、その経験を想像し、言えること、言えないこと、言ってよいこと、言うべきではないことをきちんと選択できる人間でありたい。また、自分も「経験していない人には分からないよね」と相手を切り捨てる人間にはなりたくない。相手は自分ではないのだから、分からないのは当たり前なのだというところから出発し、分かる努力をしたい。

年を取って、若い頃のようにできないことも多くなりましたが、こんな風に実感できるようになったのであれば、年を取ったこともそう悪いことではないのかもしれないと思う今日この頃です。
2015.03.12 00:26 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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