屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

本書は、震災から数ヶ月後に出版されたもので、3名のノンフィクションライターが、現地で診療活動を行った医師たち(被災者、現地入りしたボランティア等)へのインタビューをまとめたものです。

震災後の数ヵ月の間にも、震災関連の本を何冊か読みました。当時は、(お叱りを受ける覚悟で正直なところを書きますと)「現地で実際にどのようなことが起こったのか知りたい」「それでも前を向く人たちから元気を貰いたい」という、好奇心の混ざったおおよそ自分勝手な理由も大きかったかと思います。募金以外は何もできない、しないけど、知っておきたい、みたいな。書きながら自己嫌悪だったり。

その後、相次いで身内をなくし、精神的にきつくてこの種の本が読めなくなった時期がありました(好奇心だけで読んではいけないのではないかとも思うようになりました)。

今回、「今ならきちんと読めるかな」「当時、医療従事者はどのように行動したのだろう」という気持ちで何となく手に取ったのが本書だったのですが、偶然にもライターの1人は吉井妙子さんでした(「日の丸女子バレー」)。ということで、綿密な取材をきちんと記事にした書籍なのだなと(勝手に)安心して読むことができました。

まず、海堂尊さんの後書きから。

「人間はふたとおりに分けられる。
被災した人間と、被災していない人間。
私はその惨状を見ても動揺しなかった。そこにはもやは、”死”しかなかった。
もしもこの地に知り合いがいたら、その気持ちは一八〇度変わっていただろう。
被災していない人間は、どんなに頑張っても被災者にはなれない。それこそが、天がこの地に引いた、冷酷な境界線の正体だ。そして瓦礫という表現を使う人間は、間違いなく境界線の外側の人間だ。自分の家の「瓦礫」を、人は決して「瓦礫」とは呼ばない。
(中略)
だが、そうした中、天が引いた境界線を越境できる種族がいる。
それが医療人だ。
(中略)
・・・本書では、さまざまな立場から震災に対応した九人の医師たちが物語を紡ぐ。彼らの、限界状況における言動は、医療とは何か、そしていのちというものがどれほど貴く、彼らがそれをいかに本能的に守ったかということを改めて私たちに伝えてくれる」
(2011年発行ハードカバー版、244頁)

「医療人だけが越境できる」の部分には、個人的には多少異論もありますが、被災した人としない人という線引きには頷けるものがありました。ある程度の年月を経た後では、もしかしたら、境界を認識しない寄添いを重荷に感じるようになるケースもあるのではないかと、そんな風にも思いました。「経験」でも書いたように、彼我の違いをわきまえた上で、分かる、踏み越える努力をすることが大切なのではないかと。

本書のインタビューは震災から2~3ヵ月後になされたものです。特にご自身も被災された方は、まだ記憶も生々しく、気持ちが多少不安定な方もいらっしゃるように感じました。
被災された方と、外から救援に入られた方では、多少視点の違いがあるようにも感じられました。大雑把に言うなら、外の方は、「被災者全体をトータルでケアするには」、中の方は、「とにかく目の前の人をケアする」という部分に力点を置いて対処をされていたような気がします。誤解しないで頂きたいのですが、決して二極分化ということではなく、総合してみると、天秤が多少そちらの側に傾くかなという感じです。どちらがよいとか悪いとかいうことではなく、どうしてもそうなってしまうのかなと思います。
それでも共通していたのは、どの先生も、「医師としての使命感から」という大仰な感じではなく、「それが仕事だから」と淡々と自分のなすべきことをこなしておられたということです。

インタビューの時点では、まだ気持ちが多少高揚しておられる方が多い印象でした。4年を経た今、それぞれの先生が、何を思い、考えておられるのかお聞きしてみたいです。

これまで、たまさかの募金以外には何もしてこなかった私ですが、せめて、後書きについて考えたようなことを忘れず、いつでも受け入れる/境界の向こうに手を延ばす体制は整えた状態でいたいです。


少し話はズレますが。
今年は、震災から20年、地下鉄サリン事件から20年、JR脱線事故から10年ということで、新聞やテレビで「節目の年」という表現をよく目/耳にしました。「節目」というのは、このような状況でよく用いられる言葉ですが、私は、この言葉が、何となく好きではありませんでした。
今回、後書きの境界の記述を読んで、「慣用表現だから」的に、特に深く考えずに用いられているように感じる場合に違和感があったのかなと。「節目」は本来、経験者が「これだけの年月が経過した、ここからは気持ちを切換えよう、新しいことをやろう」という場合に使う言葉だったのではないかと思うのです。そして、同じ経験をしても、「節目」は人によって異なり、年月を経たからどうと言えるものではないのではないかということが、最近、実感として少しだけ分かるようになった気がします。

うまくまとまらなくてすいません。

最後に目次を。

第1話 その時、「お前は医者じゃないのか!」という声が聞こえました
第2話 心のケアの専門家だから傷つかないわけではないんです
第3話 この避難所「ビッグパレットふくしま」で命を失った方は一人も出ませんでした。それが一番の誇りです
第4話 心の問題で自殺する人を一人でも減らしたい
第5話 震災を機に医療の力を見直してほしい
第6話 日本のような先進国で身元不明者がいるなんで絶対に許せません
第7話 災害時の医療統括の重要性を痛感しました
第8話 医療がないと人は離れていく。医療が立ち上がれば安心する
第9話 患者さんと話していると、自分まで癒やされます
2015.04.24 12:03 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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