屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

久々の(でもないか)読書感想文でございます。

「アナスタシア・シンドローム」(メアリ・H・クラーク/深町眞理子訳、新潮文庫版、1993年)

「復習法廷」(ヘンリ・デンカー)を探して文庫本用のミニ書棚の中身をひっくり返していた時に見つけたもの。コチラを先に再読しました。表題作の中編の他、4編の短編が収められています。

メアリ・H・クラークは、「殺人事件に巻き込まれた(おおむね美人の)主人公に(たいてい身近な人物である)犯人の魔手が伸びるが、最後の瞬間に危機を脱し、犯人捜しの途中で知り合った男性とのロマンスも成就する、或いは冷えかけた夫婦の絆を取り戻す」という、ある意味「水戸黄門」的に安心して読める作品を得意とする、アメリカのミステリー作家です。
数冊読むと、既視感に囚われるというか、多少飽きが来る部分もあるのですが、どの作品もそれぞれに趣向が凝らしてあり、それなりに面白く読めてしまいます。

英語も難しくないので、滞米時には何冊も読んだり聴いたりしました。
そんなクラークの作品を1冊だけ挙げるとしたら、私の場合は、この「アナスタシア・シンドローム」。

もう少し追加してもよければ、「愛しいひとの眠る間に」と「My Gal Sunday」でしょうか。後者は、前大統領の妻が「巻き込まれ型」で事件に遭遇し(というか突っ込んでいき)、何せ夫が前大統領ですから、屈強なSSを使い倒し無駄遣いし放題で(もちろん頭も使うんですけど)事件を解決するという連作短編集で、富豪カップルが事件を解決する「探偵ハート&ハート」という数十年前のTVシリーズを彷彿とさせます。(因みに、2期大統領を務めた夫が44歳という設定になっていて、この時初めて、大統領に立候補できる年齢は35歳以上であるということを知りました。)邦訳はなく、ペーパーバック版が入手できるようです。

閑話休題。
「アナスタシア・シンドローム」でしたね。

これは、ミステリーと言えばミステリーですが、クラークの一般的な作風とは異なり、「めでたしめでたし」で終わらない、どちらかと言えば後味の悪い作品です。
以下、暫くネタばれが続きますので、お好みによりスルーでお願いします。


「アナスタシア・シンドローム」とは、登場人物の1人、精神科医のパテール博士が提唱する学説で、患者を催眠術により幼児期まで退行させ、精神的外傷の原因となった体験を探る過程で、さらに過去まで退行が進み、大きな事件の犠牲者などこの世に心残りのある人物の霊魂に憑依されることがある、というもの。

英国内戦に関する著作を執筆するためロンドン滞在中の歴史作家ジュディス・チェースは、戦災孤児となった経緯を明らかにしたいと、パテール博士の治療を受ける中で、内戦時代まで退行し、国王に犯行を企てた罪で処刑された女性マーガレット・カルーに憑依されます。

カルーにはジュディスの全行動が理解できているようですが、ジュディスにはカルーが「表」に出ている時の記憶はなく、時々、記憶が途切れることを薄気味悪く思っています。

カルーは、自分たち家族に悲劇をもたらした王室、特にチャールズ2世とその腹心サイモン・ハレットを許すことができず、何度となく関連事物の爆破を企て、ついに犠牲者も出てしまいます。

警察は、この一連の爆破テロを調査する過程でジュディス(=カルー)の存在に辿り着きますが、本人が有名作家であり、しかも選挙を目前に控えた次期首相候補スティーブン・ハレットの恋人であることから、なかなか表立った捜査ができません(その名前から想像できるとおり、スティーブンはサイモン・ハレットの子孫です)。

爆破テロがエスカレートするにつれ、ジュディス自身も記憶の欠落と事件の関連を疑い始めます。さらには、ジュディスの幼児の記憶の掘り起こしと身内探し、警察の犯人捜しが、選挙の投票日に向かって加速し収斂していく様は見事だと思います。

スティーブンはめでたく首相に就任。また、警察もジュディスの電話の盗聴からパテール博士に辿り着き、博士は、警察の監視の下、ジュディスをカルーの支配から解き放つため、再び彼女に催眠術を施すことに。そして、カルーは、最後に究極の復讐を遂げ、満足してこの世から旅立っていきます。


余韻と言うには重すぎる後味の悪さなのですが、それでかえって記憶に残った部分があるかもしれません。カルーの憑依も爆破テロの犯人もかなり早い段階で明らかになり、その意味ではミステリー色は薄いのですが、ジュディスの「自分探し」も含め、話がどう収束するのか、読者の興味を掻き立てるような作りというか展開になっていると思います。

深町眞理子さんは、好きな訳者の1人で、20年ほど前でしょうか、この方や食野雅子さん、永井淳さんなどを「訳者買い」していた時期がありました。もちろん、他に素晴らしい翻訳者の方はたくさんおられましたが、この方たちの言葉選びのごくわずかな癖のようなものが、自分には合っていたような気がします。
今回、本作を再読してみて、随所に「古風だな」と思われる表現があるのに気づきました。約20年の時を経て、一般によく使われる日本語も微妙に変化し「古風」と感じられるようになったのか、原書が多少古風な表現で書かれているのか、原作の雰囲気を尊重して深町さんがそうした言葉を多く選ばれたのか、本当のところは分かりませんが、舞台が現代と約400年前の英国(回想)の間を行き来するという本作の手法には、この古風な表現がよくあっているように思われました。

超常現象の絡むお話が苦手な人には「・・・」かもしれないのですが、「クラークがこれを!」という衝撃も含め、私の中では、やはり本作がNO.1です。
2015.05.09 12:58 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(3) |

Connyさん、まいどです~。
短編というには長く(全5編の文庫本のうち半分くらい)、歴史物というには貧弱のような気もしますが、確かに、Amazonでは1円で出品されていますので(すでに絶版みたいですね)、次のご帰国の際に覚えておられたら注文してみてくださいませ。超常現象は、「超常」てほどでもないかも。
文章が割と古風な部分は、私は「本作ではええやん」と思いましたが、好みが分かれるところかもしれません。

2015.05.09 20:48 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

注文しようと思ったら中古しかなく、それだけのために送料ももったいないということで里帰りの時の楽しみにしました。

その他の本のご紹介も楽しみにしてますね。

2015.05.09 17:25 URL | Conny #a4Z/FfFc [ 編集 ]

私、超常現象ものは苦手なんですけど、歴史物は大好きなんです。短編っていうのも◎。さっそく注文します。

小説は特に訳者の影響が大きいですよね。昔、一著者のミステリーを2冊読んだのですが、1冊目はドキドキハラハラだったのに、訳者の違う2冊目は翻訳したのが丸わかりで原書読んだ方が良かった?と思わずにいられませんでした。

到着が楽しみだわ。

2015.05.09 16:25 URL | Conny #a4Z/FfFc [ 編集 ]













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