屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

朝日新聞(7月2日)「ザ・コラム」という編集委員の方の記事。
表題のお好みによりスルーでお願い致します。


老母(といっても70代前半~半ばほどかと想像)が転倒骨折し、一気に親の老いを実感したという内容。書き手の女性は、気丈と思っていた母親の「孤独への不安」の噴出に驚き戸惑う。そして、年老いた母親ときちんと向き合おうとする過程で知ることとなった(たぶん)、2人の人物を紹介する。

一人は認知症予防のデイサービスを営む女性。彼女は、認知症を「寂しい病」と呼ぶ。

「老いればできないことが増え、『自分は用のない人間』と生きる力をなくしがちだ(中略)以来『優しさを伝えること』に心を砕く。共に過ごし、話し、聞く。触れ。ほめる。感謝する。すると塞いで表情を失った人も満面の笑みを浮かべる瞬間がくる。『人は自分に目を向けてもらったと感じたとき、生きる力を取り戻すんです』」

もう一人は地方都市の職員の男性。「私は自分の都合ばかりでした。自分を認めさせようとして、本人を追い詰めていた」と自分の体験を語る。

彼の講演を聴いたコラムの書き手は、自分も認めさせようとする人間であったと振り返る。「競争社会では、そうしなければ負けてしまう。役に立つ相手は認めても、そうでなければ切り捨てて生きている」

幸い、彼女の母は元気を取り戻しているようだ。実家に顔を出すと、あれこれ愚痴り料理を所望するという。それは、自分を元気づけようとしているのだと彼女は解釈する。そして、「人は老いても、できないことが多くなっても、誰かを励ますことができる。そう思うと生きる勇気がわいてくる。親の教えは永遠である」と結ぶ。



父が入院した当初、まだそれなりにしっかりしていた母は、実家に顔を出すたびに、我が侭全開ながらも、何呉れとなく私の世話を焼こうとした。役に立とうとすることで、孤独な自分を奮い立たせようとしていたのか。あの時、それが分っていれば、たとえ親子の相性が悪くても、私の介護は違った結末を辿ったのだろうか。きっと、私は、これからも、「仕方がなかった」と「もっと他にやりようがあった」の間を行ったりきたりしながら行くのだろう。

そんな私に、「せめてもと思い、母世代の方優しくしてさしあげればよい」と言ってくださる方がいる。それを実践していくことは、きちんとした翻訳者であり続けることより難しいようにも感じられるが、その言葉を心の隅において行こうと思う。人生は孤独を感じるほどには長いのかもしれないが、無為な時間を過ごすほど長くはないのかもしれない。

今日も知人の訃報が届いた。前途ある方たちの訃報が続くのはちときつい。
ので、ちょっとメランコリー。明日からは頑張るよ。
(上の記事のまとめも、「要約の勉強」と思って頑張ったんだよ)
2015.07.03 00:38 | 両親のこと | トラックバック(-) | コメント(0) |












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