屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

スポーツ選手の引退について考えさせられた週末でありました。

1人は、五輪3連覇も記憶に新しい、柔道のNOMURA*選手、40歳。

*名前で検索して来てくださる方にはしょぼい内容で本当に申し訳ないので、せめても分かりにくいようにとローマ字記載としています。

アトランタ優勝時は(たまたま)所属大学の傍に住んでいたのですが、田舎町はエラい騒ぎになり、駅前で優勝パレードも行われました。
その後、何となくずっと気になっていた選手です。

今回、改めて往時の試合を見返してみたのですが、
アテネまとめ: https://www.youtube.com/watch?v=x4eImu6plgQ
アトランタ(オジェギン戦): https://www.youtube.com/watch?v=3I9MqmDUT5s
いや、ホントに強かったです。
(てか、投げられて腹から落ちるって、その反射神経どうよ<オジェギン戦)

アテネ後はケガとの闘いだったようで、最後の試合も、膝の水を抜き、痛み止めを打っての出場だったようですが、身体がもう少し動けば、本人はまだ現役を続けたかったのではないかと思います。想像ですけど。
天才とも呼ばれた選手ですが、引き締まった身体を見れば、トレーニングを続けていたことは明らかで、改めて才能と努力があってこその偉業だったのだなあと思います。

3連覇直後に現役を引退していれば、「強いNOMURA」のイメージだけが残ったかと思いますが、その後怪我に苦しみ進退に悩んだ10年間があったからこそ、著明なアスリート達も駆けつけてくれたのでしょうし、何より、その10年が、今後後進を指導する際の宝物になるのではないかと思います。


その同じ週末、プロフィギュアスケーターARAKAWAさんがプロデュースされるFOI(Friends on Ice)が10周年を迎えました。

ARAKAWAさんは、NOMURA選手とは対照的に、金メダル後すぐ現役を引退されています(競技も違いますし、その後プロとして活動できるということもありますから、もちろん単純比較はできませんが)。
メダルを獲るまでは決して順風満帆とは言えず、ソルトレーク五輪には出られませんでしたし、ディフェンディングチャンピオンとして臨んだトリノ前年の世界選手権では9位に沈んでいます。

そのARAKAWAさんが、引退した年に立ち上げたアイスショーがFOIです。
10周年ということで、今年、スポーツ番組でも少し取り上げられていました。
その中で、彼女が言っていた「後輩たちが引退したときに帰って来られる場所をつくりたかった」という言葉(正確にはこのとおりではないかもしれませんが、趣旨はこんな感じ)。今でこそ、オフシーズンにはいくつものアイスショーが開催されますが、当時は日本発で海外の有名選手を招聘するショーはなかったと記憶しています。

当時「アジア人初」と言われたフィギュアスケート初の金メダル、どうすれば競技や後輩のために役立てられるかと、知恵を絞られたのだなあと。


ピークを過ぎてからの遅い引退。ピークでの引退。
どちらがいいとか悪いとかいうことではなく、考え方は人それぞれ。
大雑把にまとめてしまうなら、NOMURA選手は「まだ強くなれる、なりたい」と現役を続け、ARAKAWAさんは「後輩の居場所を確立するために」と現役を引退された訳ですが(もちろんお二人ともそれだけではないでしょうが)、「いつまでも栄光の余韻に浸らない」という意味では共通しているのかなと思います。
進んだ道は違いますが、どちらも、例えばメダル獲得後20年くらいの時を経てから、競技にも本人の人生にも、何かが実になって還元されるという意味では同じなのかも。
2015.09.03 18:02 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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