屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

聴了。

10年以上前になりますが、、著者の「Complications: A Surgeon's Notes on an Imperfect Science」を読んだことがあります。平易な英語ながらも適度に専門用語が散りばめられた、興味深い内容でしたので、「いつかはCD~♪」と思っておりました(で、「Being Mortal」も、内容はともかく、聴流し的観点からは医薬翻訳者の方にオススメです)。

Amazon.co.jpの書評→
http://www.amazon.co.jp/Being-Mortal-Medicine-What-Matters/dp/0805095152
何冊か訳書も出ているようで、本書もNew York Timesのベストセラートップ10に入ったことがあったと記憶しています。
もしかしたら、今この瞬間にも、どなたかが翻訳されているのかもしれません。

「Being Mortal」とは、有り体に言えば「人間みんな死ぬんやで」という意味ですが、本書を読んだ後では、「満足して死ぬために」「よりよく死ぬために」という表題が相応しいように思えました。

Nursing Homeの実態や医療の進歩の弊害といった現代米国の実情にも言及されていますが(それはそれで興味深いんですが)、「ヒトとしてどんな最後を迎えたいか、そのために、本人や(医師を含む)周囲は何ができるのか」について書かれた部分が、最も考えさせられた部分で、時には読み(もとい聴き)進めるのが辛い部分でもありました。大事な家族を看取られて日の浅い方には(人にもよるかと思いますが)あまりお勧めできないかも。

この本は、真の読み時がとても難しい本であるような気がします。あまり実感できない状態で読んだ場合、いっとき心に残っても日々の雑事に紛れて忘れ去ってしまうかもしれません。送った後で読んでも、「ああもできた」「こもうもできた」と辛いかも(まあ、「自分の場合」を考えるときの参考にはなるでしょうが<自分)。医師、医学生、心神の耗弱が見え隠れし始めた老親が身近におられる方は、得るものが大きいかもしれません。


その名前からも分かるとおり、Dr. Gawande(外科医)のルーツはインドです(父親が移民)。

というわけで、Gawande医師は、まず、父方の祖父と義祖母(妻の祖母)を例に挙げて、インド(子供や孫が常に世話を焼き、最後までおおむね思い通りに生きる)と米国(足腰が弱り転ぶことが増えて独居が困難になり、最後はNursing Homeで意に染まぬ最後を受け入れる)という、高齢者の生活と死という点で対極にあるように見える2国の実情を考察します。

その後、高齢者の増加、老年医(Gynecologist)の減少、Nursing Homeの歴史などが語られ、理想的なAssisted Living(各人のプライバシーが守られつつ生活支援が行われる)やNursing Home(Homeで普通に動物が飼われる、子供と共生するなど)の実例が示されます(おおむね個人の理想や理念に基づく施設ですが)。

Gawande医師は、Autonomyの重要性についても言及し、(もちろん、最後まで身体的Autonomyを維持することは困難ですが)、ケアする者の都合でbeing-led lifeになってしまうのではなく、lead one's own lifeを維持するという意味でのAutonomyが大切だと説きます(いや、それも介護システムの中ではなかなか困難だと思いますが・・・)。

そして話は、高齢者や重病患者への緩和ケア(Palliative Care)はどうあるべきかに及びます。

著者は決して癌患者への化学療法に異を唱える立場ではありません(そこは誤解なきようお願いします)。でも、実例を挙げながら、ある時点で、aggressiveな治療を止める/行わないという選択肢もあり得るのではないかと問題提起します。その際、医師として最も大事にすべきは患者にとってWhat matters mostをともに考えることで、医師はFather-like figure(「こうしなさい」と治療法を指示)でも、informative(これこれこういう治療の選択肢がありますよと情報を与え、最終決定は患者に委ねる)でもなく、interpretive(患者の「どうしたいか」を理解し、そのために最善の治療を選択する)であるべきとしています。また、患者家族も「(患者が)どんな風に最後を迎えたいか」というHard conversationに逃げずに立ち向かう必要があると述べています。

* 聴き書きなので、多少の理解ミスがあるかもしれません。大意はこんな感じです。


Hard Conversationは、ワタクシの理解では「延命治療はしない」的な取決めを確認しておくことではなく、「最後をどんな風に過ごしたいか」をきちんと話し合っておくことです。思えば、父も母も、そして私自身も、(そこそこ元気な間は)その「正面きって話したくない」話題を、「時間があるときに」「次に」と理由を付けて先延ばしにしていたよなあと。まだきちんと話ができていた間に、節目節目でHard Conversationをしていたら、もっと違った看取りもあったかもしれないと、それは、周りが何と言おうと自分に何と言い訳しようと、ワタクシがずっと心の中に抱えていく答えのない問いなのです。だから、この部分を読む(聴く)のは、なかなか辛かったです。

とはいえ、そういった話を読んで(聴いて)いく間に、Gawande医師にも「あなたはたくさんの死を看取ってきたかもしれないが、所詮医師としてではないか、患者家族の気持ちが本当に分かるのか」とビミョーに腹が立ってきたりするわけです。すると、Gawande医師自身の父親(脊髄神経腫瘍)の看取りが描かれるという爆弾が投下されるのだ。うんむー、Story Tellerだわ~。(聴き直してみると、最初の方でちらっとそれらしき言及があるのですが、そこは聞き逃してしまい、「週3回テニスする頑健な老人」というaggressiveな部分だけを覚えていたようでした)。

医師として多くの患者に接し、息子として父親とのHard conversationから逃げなかったGawande医師の言葉だからこそ、その語る内容は、より一層の説得力を持つのかもしれません。


本書では、「緩和ケア」を望んだ患者や家族は望んだとおりの平穏な満ち足りた死を迎え、最後までaggressiveな治療で闘うことを止めなかった患者は平穏とは言いがたい最後を迎えます。もちろん、すべてがそうという訳ではなく、実例として挙げられなかった中には、そうではないケースもあったに違いありません。ただ、患者が「live good life to the very end」するためには、家族も「目を背けたい話題から目を背けずきちんと話をする」ことが大切だとしみじみと思うものです。本書にもあるように、ヒトは1回しか生きて死ねないのですから。
2015.11.21 12:26 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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