屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

「介護度通知が届きました(母)」&「ソーシャルワーカーさんと面談」の記事でも書きましたとおり、「特養(特別養護老人ホーム)入ってもいけそうよ」(「行けそうよ」というのは、精神科病棟を出ての施設での生活も問題なかろうと思われる、の意です)という主治医先生からのお話がありましたので、年度末期限の仕事が落ち着いた先月末から、特養探しに本腰を入れたのでした。

といっても、相談員さんが作って下さった「胃瘻患者受入れ可能施設一覧」の施設に電話し、こちらの事情(胃瘻)を話し、アポを取って施設を見学し、その後入所申込書を送付する、という一連の手順を踏むだけですが。ご存知の方も多いと思いますが、申込みをしても、何百人待ちの状態です。

母は、痰が絡んだ等何かの理由で誰かの注意を引きたい時は、ひたすら叫び声を上げますので(もう発語は無理な状態です)、個室しか無理かなと思っていたのですが、ある施設を案内して頂いている時、ちょうど母と同じように叫んでいる方がおられたので、「これくらいの声です」とお伝えしたら、案内して下さっていた施設相談員の方が「これくらいなら相部屋行けるかな~。独りは寂しいものね」と仰ってくださったので、ちょっと安心したり嬉しかったりしたのでした。

そのようにして3施設ほど申込みをし、週明けに4件目の施設を見学しようと計画を立てていた先週末、その週初から軽い誤嚥性肺炎を患っていた母は、痰が咽喉に絡んで窒息し(たぶん)、呼吸停止の状態で発見され、蘇生措置の甲斐なく、4月8日夕刻永眠致しました。享年82歳でした。

連絡を受けて急いで駆け付けましたが、結果「蘇生措置を止めて頂いて結構です」と宣言(?)するために到着するような形になってしまいました。やはり、夜中に爪を切るものではありません。

両親の死はいつも覚悟していること、(とはいえ)あまりに急でまだ実感が湧かないこと、すぐに喪主として怒涛の2日間が続いたこと、その後も手続きや書類集めに奔走していること、もともと互いに愛情薄かったことなどが混然一体となり(という表現でいいのか?)、今のところ、あまり悲しいという気持ちはありません。火葬場でまるで母を送ってくれるかのような見事な桜吹雪を見た時は、さすがに泣けましたが。少し落ち着いたら、じわじわと来るのかもしれません。

お仕事の方は、ちょうど8日朝納品で仕上げたばかり。次のお仕事は、少し納期に余裕のあるものでしたので、翻訳会社さんに連絡し、さらに納期延長 or 別の翻訳者さんへの振替えの二者択一をお願いしたのですが、ありがたいことに納期延長で対応して頂けました。明日から少しずつ翻訳作業に掛かるつもりです。手続き以外にも「しないといけない」ことがあるのはありがたいですね。

一緒に母のこと心配してくださった皆さん、どうもありがとうございました。


SayoのBackgroundについては「はじめに」カテゴリの記事をご参照ください。
2011.04.12 22:29 | 両親のこと | トラックバック(-) | コメント(0) |












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