屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


[5月26日追記]

言葉を扱われる方やそれ以外の方から、いくつか反応を頂きました。
・・・というか、Twitterですが・・・
おおむね、揶揄するような内容や「よう分からんくせにええ加減なこと言うな」(←強い口調にまとめてみるとこんな感じ)的な内容でした。
記事やブログが名指しされた訳ではなく、私が疑心暗鬼になっただけのものもあり、前後の内容から、おそらくこの記事のことだとかなり高い確率で断定できそうなものもありました。
が、凹んでしまうことに違いはありません。文章全体ではなく、ひとつの言葉だけが心に刺さったものもありました。
Twitterは覗きにいくもんやない。

で、自分の記事を、丁寧に読み返してみました。

1つ。
私は記事を書くときは、結構時間をかけます。書いては書き直しを繰返し、不適切な表現や人に嫌な思いを抱かせる言葉がないかどうか、気を配っているつもりです・・・いえ、つもり、でした、が正しいのかも。この記事についていえば、普段よりかなり長い上、近日中に参考書籍を図書館に返却しなければならないということもあり、多少焦って書き、再読もおざなりになってしまったことは否めません。そのため、言葉を選ぶ際、少し吟味が足りなかったり、舌足らずになったりした部分もあるかもしれません(本文を再度読み直し、微修正しました)。ただ、文全体として「今考えていること」であることに変わりはありません。

2つ。
本ブログを始めたとき、私は「自分の考えていること、使ってよかったもの、勉強してためになったもの、読んで面白かった本」などを、「私の場合はこうでした」というスタンスで記事にしていこうと決めました。書きたいことは書くけれど、それ以上のことは書くまい。
でも、年月が経ち、同業の知合いも増え、そうした方たちとの交流も盛んになってくると、自らを「平凡ないち翻訳者」と呼び卑下する振りをしながらも、無意識のうちに、「自分をあるがまま以上に大きく見せたい」「力量があるように思って貰いたい」という欲が出てきてしまったような気がします。それが結実(でいいのかな?)したのが、今回の記事だったように思います。記事にできるほど色々なことはきちんと分かっていなかったし、では、実際問題として業界で生きていくために「自分なら」今どうするのかという視点も欠けていたと思います。それなのに、偉そうに上から目線になっていたと思います。恥ずかしいです。その点が、気に障り、嫌な思いをされた方もあるかもしれません。すでに感じた「嫌な思い」を消すことはできませんが、もしもそのような方がおられましたら、私の思い上がりのために不快な思いをさせましたことをお詫び致します。
そんな訳で、恥さらしな記事、記事ごと消してしまうこともできたのですが、「今思うこと」を書いているのは事実ですし、今後、初心にかえってもう一度等身大の記事をかくための、今後の自分への戒めてしてもこのまま置いておこうと思います。


以下、投稿時の本文(一部修正)

参考にした書籍:
「AIの衝撃」(小林雅一)
「クラウドからAIへ」(小林雅一)
「東大准教授に教わる『人工知能って、そんなことまでできるんですか?』」(塩野誠/松尾豊)

この頃、「将来、(機械翻訳により)翻訳者は不要となる(かもしれない)」という物騒な話を耳にすることがある。将来って、いつなんだろう?
「日本語はファジーな言語だから、当面、翻訳という仕事がなくなることはない」と仰る方もある。当面って、どのくらいの期間なんだろう?
「機械翻訳にはそこまでのこと(=人間と同等の翻訳)はできない」という意見もある。これからずっと、本当にそうなんだろうか?
さらには
「機械に置換されない翻訳者を目指して実力をつけよう」という声もあるけれど、それって、いったいどんな翻訳者なんだろう?(の部分は、まあ、自分で考えなければならないことなのだと思いますが))。

ということで、「よく分かんないけど、今のままで大丈夫?」と思っていらっしゃる方も多いのではないかと思います。ワタクシも思います。チェスも将棋も囲碁も、AIに負けたしね。ただ、ワタクシ自身は(翻訳者としては)老い先短い身ですので、「そーなったら、止めりゃーいいじゃん」と思っている部分はあります。ありますが、できれば、自分なりに将来を考えた上で、できるだけ長く、やりたい仕事がやりたい。というこことで、少し真剣に考えてみました。

私たちは、将来、AI搭載の機械翻訳と伍していかなければならないと思うのですが、「置換されない翻訳者」を目指すには、まずはAIのことを多少は知りたいということで、上記の3冊を斜め読みして、基本的な知識を頭に入れまし(入れる努力をしました)。その後、ワタクシなりに、「では、どの部分でヒトは機械より優れているのか」を考えてみます。おおむね15~20年くらい先を想像してます。

本記事は、あくまでも現時点での考えで、今後、もう少し理解が深まったり翻訳を取り巻く状況が変わったりすれば、多少変わることもあるかもしれません。
また、ワタクシは基本和訳翻訳者ですので、対象として頭に思い描いているのは「英→日」方向の翻訳です。


じゃ、いきますよー(いつものように、前置き長い)。

ワタクシも正確に理解できたとは言い難いのですが、多少強引にまとめてみると、「AIでは、ディープ・ラーニングという手法を用いて大量のデータを解析することで、どんどんハイレベルの判断ができるようになった/今後も進化は続く」「インターネットの発達によって膨大な量のデータが手に入るようになった現代では、AIの『学習』速度も驚異的に向上している」というのが現実のように思います。
現在用いられているもの以外にも、自動運転車、災害救助、介護など様々な分野での実用化が研究/検討されているようです。

上記の書籍には、興味深い箇所が何ヵ所もありました。いくつか上げてみます(順不同)。

・機械翻訳技術開発中に、機械にまず英語と中国語を学ばせ、ある程度語学力が上がったところで新たにスペイン語を学習させると、英語と中国語の語学力も向上した。

・2013年に「現存する職種の47%がAIに奪われる」とする研究結果が発表されたが(危険性を定量的に採点した)、702種類の職種のうち、ワースト3(奪われる確率が高い)は、電話販売員、データ入力、銀行の融資担当者、ベスト3(確率が低い)は、医師、小学校などの教師、ファッションデザイナーという結果だった(翻訳や通訳はどちらの10位までにも登場せず)。

・事故回避時など極限状態における優先順位を自動運転車のAIに判断させるのは極めて困難。

・IA (intelligence assistance)とAI (artificial intelligence)の逆転-20世紀後半から最近まではツールとしてのコンピュータの進歩(マウス、ツールバー、プルダウンメニュー、GUIなど)の方が優勢だったが、プロセッサ速度の向上やビッグデータの登場を追い風に、ここにきて、AIを中心に据えたビジョンの方が優勢になりつつある。


確かに、論文の抄録などをGoogle翻訳にかけて「はあ?」という結果が表示されるのを見れば、「いやいや、機械翻訳まだまだだよね」と思わないでもありませんが、最初のヒトゲノム解析に13年掛かっていた(1990年~2003年)のが、2014年1月には3日以内に解析が可能となり、現在では「数時間以内に解析する」ための研究が進められているという現実をみれば、そう安穏ともしていられないような気もします(まあ、最初の解析では、「どう解析する?」の研究から始まったことも加味しなければなりませんし、遺伝子と言語を一緒くたにすることもできないとは思いますが)。
それから、「超優秀な翻訳用AIが一般企業でもそれなりの価格で利用できるようになるのはいつか」という実用化の問題もあるのかなとも。

では、「機械翻訳」がそうやってどんどん賢くなっていっても、ヒトとして譲れない部分はあるのか?

それはやっぱり「判断」の部分なのかなと思います。
もちろん、ある程度の判断はAIがするようになると思います。1つの英単語を文脈によって訳し分けるということも、前後の単語との関連で「この場合はこう訳している」という膨大なデータが手に入れば、将来のAIなら、ある程度できるようになるかもしれません(それだけのAIが実用化するのがどれくらい先か、ということは、何とも言えませんが・・・)。
ただ、文書全体を俯瞰し、作成者の全体的な意図を読み取り、対象読者を考慮し、「全体をこのToneで訳す」ということを決め、訳語として複数候補がある場合は、先に決めたToneに即したものを使用する、ということは最後まで人間の手に残るのではないかと思います。文や文節単位ではきちんとした訳文は作れても、全体の流れを理解しそれに沿って全体を適切に訳すということは、将来のAIにもなかなか困難なのではないかと(ワタクシが理解したと錯覚している「AI」について考えれば、てことですが)。

だから、翻訳者として生き残ろうとするのであれば、「全体として、その文書の持つ意味をぶれずに適切な言葉で伝えられる翻訳ができる」力は蓄えておく必要があるのではないかと思います。少なくとも、ワタクシは、そこは覚えておきたい。

・・・というのは、理想論かもしれません。
実際問題としては、AIによる翻訳の質が飛躍的に向上した将来において、それ以上のヒトによる翻訳を必要とするクライアントが、実際どれだけ存在するかという現実も直視しなければならないだろうなあ、という気もします(必ずしもクライアント=最終対象読者ではありませんし)。その点を考え出すと、「じゃあ、そういう現実の下で生き残るにはどうすればよいのか」という話になり、正直なところ、ワタクシには、自分の中でも、その点はまだうまくまとめられていません。そうした未来では、一部翻訳エージェントさんでは、その仕事内容も大きく様変わりしているかもしれませんし。

でも、どんな時代がきても、何らかの形で翻訳に携わろうとする限り、最後に自分を助けてくれるのは、他の多くの分野についてもそうであるように、やはり「確かな基礎力」なのではないかと思います。それは、「この場合はこの単語を選ぶ」という知識の集積ではなく、「この基準に拠ってこの訳文を作る」という判断が正しくできる力なのではないかと、今はそんな風に考えています。そういう土台の上に、日本語(英訳の場合は英語)運用能力だったり、英語(日本語)読解力だったり、専門知識だったりを積み重ねていくしかないのかなと。

尻切れトンボ気味ですが、今日のところはこのへんで。
2016.05.25 21:38 | 伝える | トラックバック(-) | コメント(4) |

Yasukoさん、まいどです~。

ご心配ありがとうございます~。元記事は、多少急いで書いて確認をおざなりにしたのも事実なので、反省して追記・修正しました。これからも、気楽に書いていきまーす。来週はちょっと忙しいので、更新が滞るかもしれませんが、「忙しくしてるのね」てことで心配無用にお願い致します(でも、そういうときは逆に書きたくなるので、書いていたりするかも)。

2016.05.28 17:23 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

sayoさん まいどです~。

あら、いつの間にか、追記されていましたね。
いろんな人がいろんな意見を持ってるのは当然でしかたないですよね~。読んだ全員が納得する記事なんてないと思います。気にせずどんどん書いてくださいね。私はいつも(椅子の上に正座して)「ほほう、そうなのかのう」と言いながら読んでます(笑)。

2016.05.28 15:57 URL | yasuko #- [ 編集 ]

Connyさん、まいどです~。

ご心配おかけしました。ダイジョブですよ~。「初心に返ります」と言ったことで、逆に色々気楽な気持ちで書くことができそうです。
Connyさんは、あと10年頑張られるんですね。エラい! ワタクシは、体力も落ちてきたしゆっくりしたいという気持ちもあり、好きな仕事なので頑張りたいという気持ちもあり、世帯収入を考えれば頑張らなあかんという現実もあり、とりあえず、60を目標に頑張ります。

2016.05.27 17:16 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

こんにちは。

気にすることないですよ。そういう考えもあるな、程度ですっぱり忘れましょう。っていう私、いつまでもくよくよするタイプですが。

私が現役を続けていられる今後10年間はまだ翻訳者は必要とされると信じて前進するしかないですね。確かな基礎力を養いながら。

2016.05.27 14:40 URL | Conny #a4Z/FfFc [ 編集 ]













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