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2016. 06. 28  
今日も役に立たないです-、独り言ですー、すいませんです-。


学びには、「今がそのとき」という時期があるのかもしれないとしみじみ思う今日この頃です。

ワタクシが(もっとずっといい加減な気持ちで)翻訳の仕事を始めたのは1993年で、その後休眠していた時期もありますが、英訳黒歴史の初回派遣時代を除外しても、翻訳を生業とする期間は10年を超えました(主婦内職的位置づけの期間が長いですが・・・)。

学ぶほどに、仕事を頂くほどに、そしてさまざまな情報に触れるほどに、「自分(の翻訳)」というものがだんだん分からなくなり、特にここ1~2年は、翻訳のやり方や、翻訳との向き合い方、今後の方向性などについて、ワタクシは迷える子ウサギ状態でした(そんなに可愛くないというツッコミはなしってことで)。なので、「これがよい」「こちらの方向がよい」という大きな声にふらっとなびいてしまい、自分の立ち位置が余計に分からなくなる、ということを繰り返していたように思います。

そんな中、年が改まって「エイヤ」と始めた通信講座が、ワタクシにとってはひとつの指針となりました。それがきっかけで「英語を等価の日本語の文章にすること」についての自分の考えも少し固まってきたような気がします。そうすると、「翻訳に専念するためにラクができるように、それ以外の(自分にできる限りの)あらゆる環境を整える」ということが、「他の方もそれをやっているから(よさそう)」「効率的に仕事ができる(らしい)」ではなく「自分にはそれが必要だから」という、これまでと少し違った(でも、本来そうあるべき)視点から理解することができるようになりました(若しくは、理解できたと錯覚しています<たぶん、こっちだな~)。

そして手にした「翻訳のレッスン」。
まだまだ半ばにも届いていませんが(てことで、実践は全然できていないのだった<そこが大事)、4人の方が語られる、少しずつ目の付け所が異なる、でも大事な言葉の数々が「ナルホドね」と文字どおり身体に染みわたります。本書を読み、自分に足りない必要な部分を取り入れる態勢が(たぶん)きちんと整うところまで、ワタクシはたぶん23年掛かって辿り着いたのですね。もちろん、1年で辿り着く方も3年で辿り着く方もいらっしゃると思います。今はよく分からなくても、1年後、3年後に再読して、「五臓六腑に染みわたる」体験をなさる方もいらっしゃるかも。翻訳歴の長さではなく、「何をどう考えながら翻訳するか」が大切なのかもしれません。

ワタクシはもう「大器晩成」という言葉も使えないほど年を喰ってしまいましたが、もしかしたら、この「今でしょ」は、年を重ね、環境も変わり、人生の先も見え、いろいろ考えるようになったからこその結果であるかもしれません。翻訳者としては「遅きに失した」感があるのは否めませんが、自分の最善を求めて努力を続けることはできるわけで、まだそれだけの体力気力があり、それが許される環境であることをありがたく思います。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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