屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

「訳例で読み解くノンフィクション翻訳」(M井章子)
 *「屋根裏」ではセミナー等の講師の方のお名前は、原則として一部アルファベット表記です。ご了承頂ければと思います。

以前、「原文が見えない」で書いたワタクシの祈りが通じたらしく(<ホンマか)DVD出ましたので、購入し拝聴しました(3週間の放置期間があったことはナイショ)。


* 「DVD視聴」についての感想

今回のセミナーに関して言えば、出席よりDVD視聴の方がよかったかも。
 ・停止、リピートができた(ゆっくりメモを取ることができました)
 ・当日配布された訳例を事前に予習することができた(講師自身が「悩んだ」と仰る訳例を集めたものなので、その場でざっと目を通しただけでは原文すらきちんと理解できないものも多く、その状態で当日解説を聞いたのでは、右から左に抜けるだけだったと思います<あくまで自分の場合ですが)
ただ、DVDでは会場の雰囲気は伝わらないので、「心にぐさっと」度は、実際にセミナーに参加した方がずっと大きかっただろうと。


* セミナーについての感想・・・の前に

昨年から今年にかけて、書籍、雑誌記事、通信講座などを通じて、「翻訳とは」についての諸先輩方の考えをお聞きする機会に恵まれました。
皆さん表現の仕方は違うのですが、「翻訳とは、原文の言っていることを(意味が等価になるように)日本語で表現することである」という点は共通していたと思います。
ですから、翻訳者としては、そこは本来無意識にできていないといけない部分なのでしょう(ワタクシなどは、まだまだ、つい字面に囚われ言葉だけで訳文を処理してしまいがちなのですが・・・)。
その「基本」が根底にあって、「わたしの翻訳はこう」「自分はこの点を一番大切にしている」という部分が、それぞれで微妙に異なる(場合もある)、ということなのかなと。
セミナーDVDを視聴しながら、そんなことを考えました。


* で、やっとセミナーについての感想

配布資料の最初に「翻訳とは、外国語を読んで理解する→理解した内容を日本語で書く」こととあります。M井さんの言葉で定義されていますけど、上で書いた「基本」と同じことを仰っているかな、と。そこには翻訳者としての原文の解釈が存在するわけだから、翻訳者には覚悟が必要だというのがM井さんの翻訳に対する姿勢です。

その後、「読む」「書く」「見直す」の3つの観点から、翻訳について語られます。出版翻訳を念頭に置いての話ではありますが、実務翻訳にも当てはまるものです。

「読む」
翻訳は「深い読書」であり、書き手の人格や意思を感じとることが必要
→ 原文の言っていることを正しく理解するためにはそうする必要があるということだと思います。それができていれば「大外れの訳はしない」と。
文法に頼っていては危ない
→ 文法を軽視するということではなく(M井さんは「文法が正しく解釈できているということが大前提」と仰っています)、原著者の言いたいことが正しく理解できていない状態で(OR 理解する努力を怠って)文法のみに頼って訳すことは危険、ということだそうですが、これは、ワタクシの日々の仕事にも当てはまることです(頭の中に動作や情景が浮かんでいない状態で訳そうとしているときは、そんな感じ)。

「書く」
訳文も日本語
→ というのはというごく当たり前のことなのですけど、話が翻訳となると、「日本語らしい日本語で訳文を作成する」ことがなかなか難しい(<自分の場合、てことですが)。目の前の原文だけに目がいって、翻訳の目的や読者を忘れてしまうことも、その一因なのかもしれません。M井さんは、読み手には本来集中すべき本の内容に集中してほしいので、スラスラ読める素直な文章を心掛けている、と仰います。常にその点を忘れないことが、日本語として読みやすい文章を書かれることに繋がっているのかなと思いました。言葉に対する感度を高めるため、新聞・雑誌はもとより、電車の中吊り広告などにも目を留めておられるそうです(というより、自然と目がいってしまうとか)。
→ お話の中で、語順を変えるだけで格段に読みやすくなるということで、「語順」を強調しておられました。

「見直す」
見直しはクオリティの決め手
→ 「白紙の心」や「第三者の目」という言葉を用いておられましたが、要は、訳者モードから読者モードに切り替えることが大切、ということかと思います(最後に仰った「最後は読む速さで読んでみる」というのも、読者モードで読む、ということかと)。


* まとめてみた

正味2時間半強のこのセミナーでM井さんが伝えようとしてくださったことを自分なりに(強引に)まとめてみると、「小手先の技術で処理しようとせず、常に(著者背景、文章のクセ、原語文化などすべてを含めて)『書き手は何が言いたいのか』を意識しながら訳す」ということかなと思います(あくまでワタクシの解釈です)。まとめると2行くらいなんですけど、これが難しいんだよね~。人間、いくつになっても修行です。

余談ですが、質疑応答の「毎日どんな風に生活されていますか」という質問に対し、「できるときはいつも仕事をしています」と仰ったのが、「そこだけは自分と同じだわ~」とちょっと嬉しくなってしまったのでした。
2016.10.05 22:24 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(7) |

猫先生、まいどです~。
承知しましたにゃー。

2016.10.14 12:12 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

集まるときは猫先生も呼んでくださいにゃー。

2016.10.14 08:52 URL | mariko(猫先生) #Xnq8k9Uo [ 編集 ]

ありがとうございます!

Sayoさんとtomokoさんが会われる機会があるようでしたら(セミナー?)、お声をかけていただければとても嬉しいです。(≧▽≦)

2016.10.07 17:42 URL | めぐり #- [ 編集 ]

めぐりさん、まいどです~。
インド時間時計から日本時間時計に生活を改め中でして、朝は若干返信が遅れます。すいません。
ワタクシは、わりと「仕事や人生の先輩の仰ることだから間違いないだろう」と思ってしまう方なんですね。自分に合わないときは、気が付けばひっそり忘れている、的な・・・
それでも、合わない意見も全否定はせず、尊重すべき点は尊重し、理解はしたいと思っています<いや、あくまで理想ですが。
ワタクシはもう結構な年でして、「辞めどき」とかも意識するようになって、「辞める前にやりたいことをやりたい、(自分の)理想の翻訳に近づきたい」と思ったのが、考え始めたきっかけといえばきっかけです。諸先輩の仰ることを聞き、書かれたものを読むと「・・・ま、まだまだ浅いぜ(汗)<自分」と思いますけど。

そうですね、ではそのうち、宜しければtomokoさんもご一緒にいかがでしょう<と勝手に決める。
熱いお二人を相手にするため、枯れたワタクシは体力つけなきゃいかんなー。

2016.10.07 12:10 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

ふふ、踏み越えるより共に歩きたいです。(^^)

私は権威・地位はあまり気にしないので、まるのみした後、「これはちがうな」と思ったものは機会があれば直接ご本人に質問するか(それで嫌がられることも多々ありましたが(^_^;))、必要性を感じなければ「そういう意見もあるのねぇ」で済ましてしまうかです。

いったん消化して言い直そうとされるSayoさんのアプローチは、しんどそうですが得るものも多いのだろうなぁと思います。それも、長年やってこられた中での軌道修正の結果ということで、その柔軟さを見習いたいなと思いました。

いつか、Sayoさんと直接お話しできる機会があればうれしいです。(*^_^*)

2016.10.07 06:31 URL | めぐり #- [ 編集 ]

めぐりさん、まいどです~。
やだよー、照れますよ-。勘違いしちゃうからダメだよー。

ワタクシも、セミナーとかは、だいたい右から左で復習とかもほとんどしないです(ブログに書くためにメモを読み返すのが復習っちゃ復習かな)。今回はたまたま、事前に資料が手に入って、ちらっと見たら凄い訳文が並んでいたので、思わず予習をしてしまったもので。

おそるおそるセミナー等に出席し始めたのは4年くらい前だったと思いますが、その後しばらく「ギョーカイの大先輩が仰ることなんだから、きっとそれが正しいんだろうな」と、仰ることを鵜呑みにしたり、「同じことをやれば間違いないだろう」とそうした方がされていることをそのまま踏襲したり、という時期が長く続きました<エラいヒトとか権威とかにトコトン弱いヒト。

でも、「もっと上手くなりたい」「きちんと伝えたい」思いが強くなって、それには、やはり自分で考えて自分の立ち位置を決めなければだめなのかな(でもって、間違っていると思ったら修正する)、と思うようになったのは、翻訳を始めて20年以上経ったここ1年くらいの話でありまして。なかなか効果が実感できず、というのが実情です。

めぐりさんも、そのうちあっちゅう間にワタクシなど踏み越えていかれますよ。そのときは優しく踏んでね。

2016.10.06 23:24 URL | Sayo@屋根裏 #- [ 編集 ]

Sayoさん、こんばんは~。

いつも思うのですが、Sayoさんはお勉強ひとつされるのでも、ちゃんと万全の態勢で臨まれてて、本当にすばらしいですね。

私はだれかのことばを聞くときも読むときも、まるのみしちゃうんです(うまく言えませんが、その人のことばの持つ質感や重み、感情を、加工せずにすべてそのまま自分の中に取り込んでしまう)。

でも、Sayoさんの場合(少なくともブログでは)、何かを見たり聞いたりされたときに、「これは〇〇ということかなと理解した」というように、必ずご自分のことばで言い直されている。

自然にされているのか、意識的にされているのかわかりませんが、そこがSayoさんの魅力なんだなぁ、と今回あらためて思いました。

2016.10.06 22:46 URL | めぐり #- [ 編集 ]













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