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2016. 11. 30  
翻訳祭に初参加致しました。

翻訳以外のさまざまな状況が「行けるで」状態であったこともありますが、ワタクシにとっては、「東京まで行こう」と思えるだけのプログラムが多かったことも、初参加を決めた大きな理由です。

前日は「十人十色」という勉強会→懇親会に参加。
勉強会の内容は、ブログに書いてよいかどうか判断しかねましたので、詳細は割愛します。
登壇者はしんハムさん、 内容は以前レポートした「翻訳支援ツール超入門」がさらに進化したもの、ということだけ記しておきます。
懇親会では、「SNS上やり取りしていた/お顔(?)を存じ上げていたけど初対面」という方が何名かおられて、SNS恐るべしですね~、つか、悪いことはできんわ。

さて、本題。

久々の上京ですし(8月にこっそり行ったけどな)、既知の方々に再会できるという楽しみもありますし、何といっても翻訳「祭」です。
「いい話聞いた!!」と舞い上がって楽しんで終わり、ということだけは避けたいと思いました。家のこともあり、次いつ参加できるか、そもそも次があるのかも分かりませんし。

ということで、参加する全セッションについて詳細なメモを取ることにして、表紙の固い掌に収まる大きさのメモ帳を用意しました(立ち見の恐れもあったので)。
で、今、取りまくったメモを読み返しているんですが...書き殴った自分の字が読めません...

そんなわけで、各セッションの内容については、メモをもとに、おいおいUPしていきたいと思います。今日は総括だけ。
総括だけは、どうしても今日のうちに書いておきたかったのです。

参加したセッションは以下の3つです。やはり2泊は家を空け辛く、4つ目は断念し、その日のうちに帰阪しました。
第2、第3希望まで考えておくようにという事前アドバイスがありましたが、運よくいずれも第1希望のセッションを聴講することができました(ただし、第3セッションは立ち見になりました)。

1 「翻訳とはなにか~足元を見直そう~」
2 「誰も教えてくれない翻訳チェック~翻訳者にとっての翻訳チェックを考える~」
3 「私たちは逃げ切り世代?~翻訳者に未来はあるのか」

まず、1と2についてですが、強引にまとめると、1は「訳文の文章の質」についての話、2は「それ以外の部分での訳文の質」(いわゆるぽかミスがない)ということができるかなと思います。と書くと、全然関係のない話のようにも聞こえますし、ついつい1の方だけを重要視してしまいがちですが、翻訳者として「よい訳文」を提出するにはどちらかが欠けてもだめで、その2つは車の両輪なのだということが、1と2のセッションを続けて拝聴するとよく分かりました。個人的には2個1というか、コインの表裏みたいな2つのセッションでした。あくまで個人的な感想ですが(それぞれの具体的な内容は、また後日記事にします)。

セッション3は、さすがに強引には繋げられんやろ、と思いつつ拝聴したのですが...繋がりました<え?

3つのセッションの登壇者の方たちは、それぞれ違う言葉でしたけど、同じことを仰っていたような気がします。

それは、(またまた強引にまとめますが)「やりたくない、意に染まない、一定品質が確保できない仕事はしないという姿勢も大切」「『よくしたい』という気持ちから発したものであれば、そのことを相手にきちんと説明する努力も大事」「そういう姿勢が、結局、最終的な評価を決める」ということです。

皆さん、そういう努力をしない、そもそもそういうことを考えない翻訳者が増えたのではないか、という危機感を抱いておられるのではないかという気がしました(あくまで、勝手に思っただけですが)。

後日、各論でも触れますが、あるセッションで、翻訳者側からみた担当者の質も落ちたという厳しい意見があったのですが、同じセッションで、「担当者側にも変わろうとする動きが出てきているのを感じる」という話も出ました。

翻訳業界にも、もしかしたら、そうした「揺り戻し」が来つつあるのかもしれません。このままでは、翻訳者も、翻訳業界もだめだ、みたいな。
単価の下落や機械翻訳の進出は避けられず(個人的には、「Gxxxxx翻訳」でも書きましたが、機械翻訳との共存が図れればよいなとは思っています)、どういった方向に向かうかは、翻訳者だけで決められない部分はありますが、「やりたくない、意に染まない、一定品質が確保できない仕事はしないという姿勢も大切」「『よくしたい』という気持ちから発したものであれば、そのことを相手にきちんと説明する努力も大事」ということを、個人個人がもう少し真剣に考えてみてもよいのではないかなと。セッションでは「そのためにどうしたか/どうしているか」といった話はありましたが、「自分」はどうするか、というのは、一人一人が考えなければいけないことではないかと思います(と自戒)。

もしかしたら、ワタクシは、分岐点の翻訳祭に立ち会ったのかもしれません。
胎動期に立ち会ったと思いたいですが、そのためには「祭」を「祭」で終わらせず、個人個人も、真剣に5年先、10年先を考えて努力していく必要があると思いました。


てことで、修羅場に戻ります。
セッション各論はまたおいおいと。

実行委員の皆さま、ボランティアされた方々、登壇者各位、市ヶ谷駅前の交番のお巡りさん(おかげさまで正しい方向に進むことができました)、本当にありがとうございました。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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