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2011. 04. 25  
震災からひと月半が過ぎようとしている。

たくさんの人の「何かをしたい」という気持ちが、
いろんな場所に溢れている。

「日本はまだまだ捨てたもんちゃうやん」と
被災していない私まで嬉しくて涙してしまうこともある。
(実は意外に涙もろいです)

それらの気持ちは、
本当に素晴らしいものだと思うけれど、
行動に出られる方々は、もうそれだけで、
何もできずにいる自分より凄いと、
心から尊敬するのだけれど。
でも。
最近テレビで、紙面で、連呼され過ぎてないか。
「がんばれ、東北」
「がんばろう、日本」
「ひとつになろう、日本」

介護のしんどさと震災で想像を絶する思いをされている方々の苦難を
一緒くたにできるとはもちろん思ってない。

けれど。
周りからの言葉に対する反応は
ほんの少しは似ている部分もあるのかもとも思う。

前向きに考えられる時は、
励ましの言葉が本当に嬉しい。
すでに目一杯頑張っている人には禁句とも言われる
「がんばれ」の言葉さえありがたく思える。
(「頑張ってきたんだね」の方がより嬉しかったけど)

でも、自分で「いっぱいいっぱい」と思う時は、
気分のダウンした状態が長く続く。
どうかすると、何をするのも考えるのも億劫。

そんな時に、「がんばれ」言葉を掛けられたら、
もしも私だったら、
決してできた人間ではないから、
「頑張れってこれ以上何を頑張るねん」
「頑張ろうって、何にも知らんおまえと一緒にすな」
と腹が立つと思う。
もっと疲れたら、
「どうでもええから、勝手にひとつになっといてくれ」
とそれらの言葉さえどうでもよくなると思う。
で。
皆さんの善意をそんな風にねじまげてしか解釈できない自分に、
自己嫌悪に陥ると思う。

でも、人間なんだもの。
そんな気持ちになるのもあたりまえ。

なので。
個人的には、毎日のように繰り返されるたくさんの「がんばれ」、
もう少し少なくなってもよいかなあと思う今日この頃である。

それならおまえは、
震災を経験した方々にかける言葉を持ち合わせているのかと問われたら、
正直、どんな言葉も持ち合わせていない、けれど。


でも。
待ってる。
心が前を向ける日を
どんなに時間が掛かろうと、
忘れずに待っています。

その間、毎月コツコツですが
旦那の小遣いからもこっそり(時々有無言わせず)はぎながら、
援助させて頂こうと思っとります。

返済ですか?
私の方が、何だかもう色々なものを頂いております。
でも。
是非にと仰るのなら。
東日本は仙台、成田空港以外は未開の地ですので、
訪問させて頂いた折り歓待宜しくお願い致します。
当方下戸ですので、その点のみご了承ください。
それまでの利子不要。


SayoのBackgroundについては「はじめに」カテゴリの記事をご参照ください。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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