屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

仕事納めが12月31日25時、仕事始めが1月1日17時でした。

決して机に張り付いていたというわけではないのですが(正月何もしなくても、それなりにすることはある)、主人の実家を訪問した3日以外は、毎日何時間かは机に向かっていました。
しんどかったですけど、2件の年越し案件は先週末に無事に納品できましたし、それぞれ異なる意味で薄い脳味噌を総動員しなければならないような内容でしたので、終わった今となっては「来てくれてありがとね」的な案件でした。

1件は「統計解析計画書」で、「こうやって治験結果を統計解析するからね」ということを延々説明してくれる文書です。
この頃では、「治験実施計画書(プロトコール)」全体を依頼されることはなくなりましたが、そうした全体計画書のはみだしっ子的な(?)「統計解析計画書」を依頼されることはときどきあります。出来上り30~50枚(400字/枚)という枚数が、「CAT使用していません」と公言しているワタクシにちょうどいい分量なのかな、と思っています。

で、「統計解析計画書」ですが、乱暴にまとめると「コレコレの評価項目をきちんと評価するためには、コレコレこういう理由で被験者最低こんだけ必要だからそこんとこヨロシク。被験者はこういう人らが対象だけど、コレコレこういう人らは入れたら駄目だかんね。ほんで、こういう評価だから帰無仮説はコレ、対立仮説はコレ、統計解析には何ちゃらいう手法を使うから」といったことが書かれていて、コイツを一見難しげな、でも読んで分かる日本語にしてやらねばなりません。
統計解析をきちんと学ばれた方にはそう難しい内容ではないかもしれないのですが、統計を天敵とするワタクシは、間違わずに論旨を読み取るのがそもそも至難のわざです(「分かったつもりになる」という落とし穴があるのだよ)。
...というわけで、「統計解析計画書」という文字を見るたびに「来よったな」と身構えてしまうのですが、正しく理解すれば、最初から最後までナゾの部分はなくきれいに話がつながるので、訳し終わったときには達成感があり、身構える割りには嫌いではありません。でも、(あくまで屋根裏比ですが)難しいには違いないので、頻度的には年3回くらいでいいかなと。

もう1件は、ウェブページの翻訳(2ページ分)でした。
ページ数の割に時間が掛かってしまったのは、いつもと少し毛色が違う案件というのもありますが(いつもは試験報告書の類いが多い)、「原文からどこまで離していいのか」+「事業紹介的意味合いもあるので、基本、肯定的な表現使うよ~」という点を手探りしながらの作業になったため。
幸か不幸か、同種のページの対訳はなく(あるのかもしれませんが確認時点ではウェブ上では未公表)、「敬体で」以外の指定も参考資料もなく、すべてを一から作り上げていかなければなりません。

アクセス制限のないウェブページでしたが、記事1と記事2では、クリックまでして中身を読みたいと考える読者層が若干違うような印象を受けました(これ以上詳しく書けなくてすいません)。ただ、使われている英語自体にはそう違いはないようでした(用語の選択など)。
...結局、記事1と記事2は若干異なるトーンで訳し、その旨と読者層が違うと予想されるためという理由を全体コメントとして付しました(←責任回避ともいう)。
すでにワタクシの手は離れてしまったので今さらですが、「本当にそれでよかったのか」という気持ちもあります。そのときはそれがベストと思ったんですけど、実際、ビミョーな訳し分けができたかというと、そうとも言えず。時間の制約がある中での「できる中でのベスト」だったと思いますが、最初に「よし、これで行こう」と決めたときに思い描いたものが100%達成できたとはとても言えません(そこは、まあ、今後の精進ってことです)。また、ワタクシは、ウェブページということもあり、多少トーンを変えた方がMore reader-friendlyかなあと思ったのですけど、クライアントさんが、そこのところをどう考えるかという問題もあり...
さまざまな意味で難しい案件でした。

実際として、記事1を訳した後では、記事2の翻訳はどうしても記事1に引っ張られてしまいがちでした。そこで多少なりとも役に立ったのが、昨年の通信講座の「まず自分の立ち位置をしっかり定めること」という教えです(←別に、講師先生がそう仰った訳ではなく、講座で学ぶ間に「自分にはこれがまだまだ足りないよなあ」と感じたということです)。「私はこういう読者だ」と呪文を唱えながら(?)訳すことで、ほんの少しだけ記事1から自分を引き剥がすことができたかもしれません。第三者の目には「その成果はまだまだ」と映っているかもしれませんが。どんな勉強も真面目に取り組んでいればまったく無駄になることはないのだと、ちょっとしみじみしました。

年末年始、「(自分の論理展開は)ゼッタイにどこかで間違っている」と悩み(統計解析計画書)、英々・国語辞典を引きまくり、類語連想辞典のお世話になり、呻吟し、七転八倒し、ときにはそのままうたた寝しました(<てか、最後で文章論理破綻してるやろ<自分)。後になって思い返せば、苦しくも楽しい年末年始でした。

今年も1年間、丁寧にいきたいです。
2017.01.08 20:50 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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