屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

わたしはこの世に交流のある血縁者はもう誰もいない。
旦那と、旦那の気のいい人たちだがやはり気を使う義父母と病気の義妹は健在だ。
だから、わたしは、最初に旦那を失うことをとても恐れている。常日頃は考えないがいつも心の底にある。
そして、いつか自分を取り巻く事情が変わり、あるいは自分の限界を悟って、翻訳から離れなければならない日が来ることも恐れている。訳文を考える作業がとても好きだから。
(だからEveryday is giftという言葉も常に心のどこかにある)

でも、翻訳を離れ、つらいことが続き、ため息ばかりの毎日になっても、頭がそれなりにしっかりしていて、見たもの、読んだ本、聞いた話、感じたことを文章にすることができるなら、そのあとの人生もそれなりに生きていけそうな気がする。
わたしにとって、パンドラの箱に最後に残った希望は「書くこと」なのかもしれない。たとえ、素人のそれであっても。だから、書くための力はまだまだつけていきたいし、もっとたくさんのものを見、本を読み、考えたいとも思う。この先何か別のものに心惹かれるかもしれないけれど、それもやはりどこかで「書くこと」に関係するものなのではないかと何となく思っている。
何もない何も残らない平凡な人生だけれど、わたしにとっては捨てたものじゃない人生かもしれないとも思うのだ。
2017.01.23 12:34 | 分類不能 | トラックバック(-) | コメント(-) |