屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

...どうやってつなげるというのか<自分

「文章の書き方」(辰濃和男)

ジャケット見返しには「わかりやすい文章を書くためには、何に気をつけたらよいか。日頃から心がけるべきことは何なのか。『朝日新聞』のコラム『天声人語』の元筆者が、福沢諭吉から沢木耕太郎にいたる様々な名文を引きながら『文は心である』ことを強調するとともに、読む人の側に立つこと、細部へのこだわり、先入観の恐ろしさ等のポイントをていねいに説く」とあります。

何となく手に取った本なんですけど、「文章を書く」という意味で「ナルホド」と思う点が多々あり(...あたりまえか...)、「翻訳も同じ」と思う点も多々ありの1冊でした。
謳い文句のとおり、様々な文筆家の文章が例文として記載されており、「おお、このヒトの文章をもっと読んでみたい」と思ったときに原典が手に取れるよう、巻末に出典一覧が記載されているのがありがたいです。個人的には、門田勲(元朝日新聞記者)、国分一太郎(作文指導者の方とか)、北村薫、疋田桂一郎(ジャーナリスト),谷崎潤一郎(「文章読本」)らの文章が心に残りました。半数以上がこれまで名前も知らなかった方々です。

目次の一部を記しておきますので、興味の湧いた方は参考に(括弧内はワタクシ的ひと言説明です)。

広い円(様々な素材や資料を集めてから書く-100を集め1の文章にするというような意味かと)
現場(とにかく自分の目で見る)
無心(先入観にとらわれない)
感覚(感じる、感じたことを言葉で表現する)
平明(分かりやすく、読み手のことを考えて書く)
均衡(一方向ではなく様々な方向から、自分の文章や社会を見る)
品格(技術ではなく心の持ちようや人としてのありようが大事)
新鮮(紋切り型の常套句ばかり使わない-そのためには言葉に対する嗅覚を磨くことが大事)
選ぶ(余分なものを削る<ぐさっ<自分)
流れ(全体の流れを俯瞰する、しかるのちに「冷やす」)


で、この本を読みながら、基本引き籠もり系のワタクシは、「やっぱり、もう少し外に出で自分の五感で様々なものを感じることが大事よね」と思ったりしたのですが、そのときフと仁木悦子という作家のことを思い出したのです。脊椎カリエスを患って寝たきりとなり学校にも通えず、本を友として日々の生活を送り、のちに江戸川乱歩から「日本のクリスティ」と賞されるまでの推理作家になられた方です。実際に自分の目で見ることが叶わぬ広い世界を本を通して正しく想像する「誠実な想像力」と、窓から見える狭い世界から多くのものを吸収するだけの鋭い五感を備えた方だったのでしょう。のちに数度の手術を経て、車椅子で生活できるまでに回復されたそうです。

その仁木悦子の処女作が「猫は知っていた」(1957年)。
とうに絶版だよなと調べてみたら、ポプラ文庫ピュアルとして復刊していました。会話部分や事物の描写など、現代からすれば相当にレトロなものに違いありませんが、逆にその「レトロ」感がよいのか。主役の兄妹の掛け合いはテンポよく楽しいものだったような気がしますが、内容は本格推理で決して明るいコージー・ミステリではなかったように記憶しています。


その「レトロ」「コージーミステリ」というキーワードから記憶に蘇ったのが、「スイート・ホーム殺人事件」(クレイグ・ライス、長谷川修二訳、1944年/日本語版1976年)。
14、12、10歳の3姉弟が、ミステリ作家の母に代わって殺人事件を解決するという、コージー・ミステリ...になるんでしょうか。「遊園地の移動サーカスで目一杯楽しみました」的な読後感が残ります。
2009年に羽田詩津子さんの新訳版が 出ています。羽田訳ですから素晴らしいものに違いないのですが(未読)、ワタクシは、この作品はやはり長谷川訳で読みたいなと思うのです。あくまで個人的な好みですが。少し古めかしい言葉遣いがこの小説にピッタリ合っているような気がするのです。「相好を崩す」という表現はこの小説に教えてもらいましたし、羽田訳にはきっと「嬢や」「手塩にかけた」「彼女、シャンだわねえ」等々の表現はないに違いありません(いや、もっとスゴい表現になっているかもしれないのですが)。原題は「Home Sweet Homicide」。洋書のタイトルは愛想のないものが多いよな~と思うことが多いのですが、これは原題の方に軍配を上げたいです。

というわけで、「文章の書き方」から「猫は知っていた」から「スイート・ホーム殺人事件」に無事につながったのだった(こじつけとも言う)。
2017.03.10 14:20 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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