屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

「人工知能とニューラル機械翻訳の現状と未来 」(パネルディスカッション)
登壇者(再掲):F田(NICT)、Bor(視聴覚素材のMTの研究)、K木(MTを使用している翻訳会社の代表)、I坂(ノンフィクション翻訳家)、Y田(大学教授・翻訳者、通翻ジャーナル夏号にも寄稿)、I塚(大学教授・通訳者)
略語:MT=機械翻訳、PE=ポストエディット、Pre-E=プレエディット


モデレータから各人に質問
Q. AI、NNW(ニューラルネットワーク)、ディープラーニングなどの用語について、簡単に説明してほしい(F田氏へ)
A. AIには「強いAI」「弱いAI」の2種類がある。強いAIは汎用型AIで何でもできる。弱いAIは定義された範囲で特に単一タスクに力を発揮する。弱いAIの中にNNWがあり、これは機械学習の一種である。ディープラーニングはNNWの一種で、NNWの層が多層になったものをいう。

Q. 放送データ(特にニュースの字幕)の自動翻訳を多言語で出力する研究をされていると伺ったが、現状どの程度まで応用が進んでいるか、また将来は(Bor氏へ)
A. リアルタイムで字幕を3ヵ国語に翻訳している。音声より字幕が遅れて入る点、画面途中で切れる点などが課題。精度はSo-So。東京オリンピックを視野に入れて研究を進めている。

Q. 会社としてハイブリッド翻訳を提供しているとのことだが、どう利用していて、効率はどうか。社員の反応は(K木氏へ)
A. クラウド翻訳、機械翻訳、PEなどを組み合わせ、パッケージ化して提供している。MTはGoogle翻訳を使用。守秘義務等の問題があるので、顧客が了承した場合のみ使用している。20~30%生産性が向上した。特に拒否反応を示す社員もいない。

Q4. 出版翻訳分野ではMTは活用されているか。また今後はどうか(I坂氏へ)
A4. 書籍はノンフィクションの翻訳。その他に雑誌や新聞記事の翻訳もしている。MTを試してみたことはあるが、成功したことはない。論文でも試してみたが、自分でやった方が早いということが分かった。MTではないが、訳抜けや数字ミスを防止する目的で、翻訳を終了したあとでFelixのアラインアシスト機能を使用することはある。出版翻訳業界では、数年前のTランダムハウス”アインシュタイン事件”(出版翻訳にMT翻訳が使用されたことが分かり書籍が回収された)以来、MT翻訳には特に慎重になっているような印象がある。個人的には、英語以外の資料の大意を知りたいときなど、Google翻訳を使用することはある。

Q. 通訳の現場での自動翻訳に対する意識は(I塚氏へ)
A. 特に機械を使用するという空気はない。特に、コミュニティ通訳やビジネス通訳など、やり取りが行われる現場での通訳では、「単なる変換に終わらない」という点も(コアではないが)通訳に期待されている部分のひとつであると思う。通訳の分野では「自動通訳」の開発は、旅行、ホテル、病院など、短い明確な目的を持ったものを対象に始まった。そうした「ちょっとした」プロの通訳を使用できないようなシーンにおけるMTは十分実用的で、新たな需要や分野が創出される可能性はあると思う。

Q. 通訳翻訳教育の現状を(Y田氏へ)
A. 専門職者の教育は大学院レベルではあるが、4~5年前ほど流行っていない印象。現在は、語学を学ばせるために通訳訓練法を取り入れるなどの形で通訳翻訳を教育に取り入れるのがトレンドのひとつとなっている。また、一般教養でリテラシー能力を上げようという動きも出てきている(工学部の学生を対象に、将来英語を使うことを視野に入れた実用的な英語教育を行うなど)。教育へのテクノロジーの組込みは、現時点ではまだないのでは。


Q. NMTはSMTより人間ぽいのか。
A. NMTは、画像的なものから言葉が出てくるイメージなので、人間ぽくはないと思う(F田氏---ここで、一時、パネリストが同時に喋り出すという、収拾のつかない状態に。特にI塚氏、I坂氏からは「それこそが人間的な翻訳では」という意見が出ました。F田氏からは、「人間ぽいと言えるのかもしれないが、現時点では、人間と同等の最適化はできていないような気がする」とのコメントがありました)。
 * (Sayoの補足)F田氏は、研究者として、(決して単語レベルの対応という意味ではないものの)翻訳を文字から文字への変換として捉えておられて、それに対して「NMTはもう少し異なる翻訳の仕方をします」という意味で「画像的」という言葉を用いられたのだと思います。

Q. 人間は五感を使って翻訳していると思うが、MTにもそれは可能か。
A. NMTでは可能だが、インプットを行うのは人間。データの形でそうしたインプットが可能になれば可能(F田氏)

Q. MTの限界は。
A. どこに限界を設定するかの問題で、実質的に限界はない。人間は、自分たちができないものを代わりにやってくれることをAIに求めており、決してAIが人間を超えることを求めているわけではないと思う(F田氏)。

Q. 通訳翻訳の形は変わっていくだろうか。今後、通訳者・翻訳者には何が求められると思うか。新たな翻訳の形(たとえばPEなど)の教育機会はあるのか。
A. PEのマニュアル的なものはない。PEを嫌がる翻訳者も多いが、ツールの1つとして考え、共存する道を探りながらキャリアプランを考えた方が選択肢が広がると思う(K木氏)。
  テクノロジーの進歩が早く教育として固める時間がないのが現状。PEについては、「翻訳」側というより、「校正・修正」側からのスキルが求められるような気がする(Y田氏)。
  通訳や翻訳に関する認識は、学生(翻訳=文芸翻訳)、大学(英語能力の向上に翻訳を使用したい)など、関連する者の立場によって異なる。今後「プロ養成教育」もあり得るかもしれない(が現時点では...ということだと思いますby Sayo、発言はI塚氏)。
  そもそも、新しい技術が現われたときにそれを捕捉し取り入れていく方法(=メタ学習能力)を教えることが必要なのでは。そのためには産官学の連携が必要だが、こうした考え方が三者で共有されていないのが現状(F田氏)。

Q. AIに敗れたチェス・チャンピオンは、「自分が(AIに)負けても人類は絶望せず逆に進化した」と言っているが(このとおりの言葉かどうかは不明。確認は取れず。大意は間違っていないと思います by Sayo)、通翻の分野でもMTの発展により人間がさらに進化することは可能か。
A. 人間が思いつかない訳を返してくる可能性はあるので、「こんな訳も可能」ということで翻訳メモリ的に取り入れることは可能かもしれない(Y田氏)。
  AIの発展により脳の働きもさらに解明されていくだろう。それによって人間の認知も向上するということはあると思う(I坂氏)。

(AIの倫理に関するQ&Aがありましたが、Q、Aともにきちんとメモできておらず発言者も不明なため、割愛します)

Q. AIは本来人間の生活を楽にしてくれるもののはずなのに、技術によって仕事を奪われると考えている翻訳者が多いのはなぜだと思うか。
A. 「奪われる」と考えるのは間違い。さまざまな家電が発明されても主婦業そのものはなくならないのと同じ(K木氏)。
  経営者側だけが特をするなど、恩恵が均等に配分されないという気持ちが「仕事を奪われる」という恐怖につながるのでは(モデレータ氏)
  MTを把握できずに(よく知らずに)恐れている、ということもあると思う。どうやってOutreachしていくかが課題(F田氏)

* 全体を書き取ることができず闇に葬った回答もあります。ご容赦ください。


F田氏の視点は、かなり「研究者を超えた」ものであると感じましたが、それでも、翻訳Cafe全体を通じ、「どこまで向上させることができるか」「その能力が翻訳者の日々の仕事をどう変え得るか」という点が議論の中心で、研究者や教育者的視点から物事が捉えられているなという感じを受けました(特に今回だけなのかもしれませんが、「発注者/読者は何を欲しどのように考えるか」という視点があまり感じられませんでした)。

たとえ研究者が満足するレベルに到達しなくても、費用対効果の点でユーザーが「これでいい」と考えれば、今後MTはさらに普及していくのではないでしょうか。「これでいい」レベルが低下すれば、そのレベルに合わせていくという形で翻訳全体のレベルも低下する恐れがないとは言えません。それがユーザーニーズなのだからと言ってしまえばそれまでですが、「これでいい」と考えるユーザーの中には、「本当にいいのか、なぜそれでいいのか」をきちんと考えておられない方も一定数いらっしゃるような気がします。そうしたユーザーに対して、MTの利点と欠点をきちんと説明していく(少なくとも説明できるように理論武装する)ということも、翻訳者として心に留めて置かなければならない点かもしれません。
(蛇足ですが、参加者からの質問の中に、「誰でも簡単にGoogle翻訳などのMTの品質を評価できるソフトウェアはあるか、またその開発は進んでいるか」というものがありました。複数種類の誤りがそれぞれどの程度あるかを数値化するようなソフトは、まだ開発できていないようです。この質問に関しては「そもそも数値化する意味はあるのか」「翻訳を知らない人には分かりやすい指標になる可能性がある」と両極の意見が出ました。)

MTが今後どの程度の速度で進化していくのか、今回お話を聞いただけでは私には分かりませんでした。ただ、今後、Pre-Edit+MT+PEをうまく組み合わせることで、「バラツキなく一定レベルの訳文を生成する」ことは可能になると思いました。ですから、「翻訳Cafe(上)」でも書きましたが、(それが翻訳か否かという議論はひとまず置くとして)今後(Pre-Editもできる)PEの需要は伸びていくだろうと思います。そのPEの能力について、「校正・修正」側からのスキルが求められるのではないか、というY田氏の意見はちょっと面白いと思いました。そうした能力を身につけたPost Editorは、もっと評価されてもよいのではないかと思います。

私自身は、やはり自力翻訳をやっていたいなあという気持ちが強いのですが、そのためには、実力を磨き、アンテナを張り(人手の方がreasonableな価格で満足できる仕上がりが得られる分野や文書の種類を見極め、その仕事を取っていく)、提案すべきときは根拠をもって提案できるよう知識を蓄える努力をしていかなければならないと改めて思いました。
よく「内容は正確に、日本語はよみやすく(和訳の場合)」と言いますが、これからは、翻訳をやって生き残っていくためには、どう「正確」で(書かれてあることに加えて、作成者や読者の存在も考慮しているか)、自分の訳文の読みやすさは単なる流暢さとどう違うのかといったことを、きちんと言葉にできる(無意識のうちに常に意識している)ことがさらに重要になってくるような気がしました。

難しい内容でしたが、参加してよかったです。先生にもご挨拶できましたし。
2017.07.04 22:16 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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