屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

MEIのメディカルデバイスデザインコース(モジュール3)を終えて、思いつくままに。
(ホントに雑感で、ほとんど受講感想になっていないという...)

モジュール3(医療機器開発のための機器実習 )の内容はコチラ→
http://mei.osaka-u.ac.jp/mdd2017/m3/
モジュール1(医療機器開発のための臨床医学)の感想はコチラ→
http://sayo0911.blog103.fc2.com/blog-entry-546.html

昨年とダブる実習もありましたが、そうした実習でも新たに気づいたことなどもあり、総じて満足できる内容でした。個人的には昨年度より充実した内容だったと思います。

一番楽しみにしていたのは、昨年受講がかなわなかった「ペースメーカ・ICD・CRTD」でした。模擬皮膚に本体を植え込む実習をしたり、薬事承認されたばかりの新しいタイプの機器を手に取ったりと、期待した以上の内容でした(その過程で、さまざまな鉗子を手にとってつくづく眺めるというオマケもついた)。

それ以外の機器は、実務で扱うことはほとんどないものですが、今後、何がいつどんな形で仕事の役に立つか分かりません(実際、昨年の受講以降、「おお、これはあのときのあの」と間接的にかすったものがありました)。
何より、胃カメラを操作したり、3D腹腔鏡下の作業を体験したりと、さまざまな種類の実機を操作したり間近で見たりできる機会というのはなかなかないと思います。しかも、技術者と営業がペアで来ているメーカーも多く、何を質問してもそれなりの答えが返ってくるという贅沢さ(まあ、言葉を濁されることもありますが...)。

とはいえ、個人参加の場合は、費用がネックなのは事実。もしも翻訳者の方で受講を考えられる方がおられたら、時期を熟考なさることをお勧めします。
ワタクシの場合は、ある程度の期間、医療機器翻訳を経験し、業界や規制についても多少の知識を得た今が、自分にとってベストな参加時期だったかなと思います。もっと早い時期でしたら、たぶん「スゴいなー、スゴいなー」で終わってしまったと思います(あくまで自分の場合ですが)。今回は、機器の詳しい仕組みは分からなくても、説明から「何が重要なのか」「今後この機器はどのように発展していきそうか」「そこに翻訳は絡むか」といったことまで思いを馳せることができました(こともありました<ときどき<たまに)。

念のための書いておきますが、ワタクシは、決してMEIさんの回し者というわけではありません。
MEIさんの第一義の目的は産学提携の推進でしょうから、ワタクシみたいな異端児が増えても困られるに違いありません。

アンケートの最後には、今後受けたい実習として「ステント、ステントグラフト」「歯科インプラント」「人工関節」を挙げておきました。
さすがに来年はもう戻らないと思いますが、上記の実習が含まれていたら、差分受講迷うかも。


昨年は、本当に「借りてきた猫」状態でしたが、今年はリスク分析や知財実習のグループワークで打ち解けたこともあり、ネットワーキングランチョンやディナーで他の受講生の方と話す機会もそこそこありました。
以前は、そうしたネットワーキングの場では、自分は、「医療機器や医療機器事業に関する情報を得る」という、いわゆる「take」しかできず、だから、私との話に時間を割いてくださる方に申し訳ないという気持ちばかりが先に立って萎縮してしまっていたのですが、今は、「自分には何もできないかもしれないが、求められれば、他の翻訳者や翻訳会社に繋ぐという形で役に立つこともできるかもしれない」と考えられるようになりました。実際、翻訳について色々質問してくださった方もあります(社交辞令かとは思いますが)。

そういう「ネットワーキング」で、名詞を見てまず言われるのが「通訳もできるんですね」というひと言。やはり、業界から遠いところでは「通訳翻訳」はひと括りのようです。
とはいえ、ワタクシも、頂いた相手の方の名刺を見て「XXXですね」と返し「いやいや、自分はYYYでXXXはまた別なんです」と訂正されることもザラでしたから、そういう「異業種の詳細は分からない」はお互いさまで、通翻ひとまとめにされるのは仕方のないことなのでしょう。大事なのは、「知らないことはお互いさま」「相手の仕事について知ろう」と思う気持ちかなと思います。
最近では、通翻の違いを「陸上の100メートル走と3000メートル走の違い」にたとえています。「同じ陸上ですけど、両方やる選手はまずいないですよね」と説明すると「ナルホド」と納得して頂ける感じです。実際は(特に社内通翻訳の場合など)通訳も翻訳もやられる方も一定数おられますから、「100メートル走と800メートル走」くらいが妥当な開きかなと思うのですが、外の方は、これくらい離さないと実感が湧かないみたいです。


全体を通して、多くの最先端の機器に触れました。
最先端の画像解析システムでは、CT画像から立体的な臓器の画像が再構成され、さまざまな角度から多くの情報を得ることができます。カラー画像は「そこまでできるの?」て感じ(メーカーや医療従事者の方には普通なのでしょうけど)。しろうと的にはこれだけで十分手術計画が立てられるのではないかとさえ思えました。

...なのですが...

あまりにも画像上でさまざまなことができるだけに、「それだけに頼るようになる」という危うさと隣り合せでもあるように感じました。医療機器の開発・高度化には目を見張るものがあります。それが、医療従事者を雑事から解放し、診断や処置を容易にし、患者を救うものであるのは確かなのですが、それだけに、きちんと患者の顔を見ず患者との対話を軽視する方向に進んで行ってしまう怖さもあるのではないか、と医療機器実習を受けながら不埒な考えを(ちらっと)抱いたことを、ここに白状しておきます。
もっとも、それは、医療機器側の問題というより使う側の問題と言えるのかもしれませんけど。

翻訳では、(内容理解の正しさも含む)訳文そのものの質と、訳抜け・誤記・転記ミス・表記揺れなどのケアレスミスがないという意味での訳文の質が車の両輪に例えられますが(つか、ワタクシが勝手にそう言っているだけなんですが)、医療も、医療機器から得られる情報と患者問診を通して得られる情報を両輪とすることを忘れないで発展してほしいと思うのでした。

...うーん、こじつけすぎ??

「雑感です」と書いたとおり、脈絡のない記事になってしまって、ホントすいません。
2017.09.22 11:57 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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