屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


朝日新聞1月15日夕刊
コラム「季節の地図」
必要なこと(柴崎友香)

(トークイベントで「他の人の本も読むのか」と尋ねられ、「もちろん読む。読むのが好きだし、書く時間の何倍も読まないと書けない」と答えると、意外だという声が上がった、という前段を受けて)
「...作家を職業にしたときの矛盾の一つは、ありがたいことに仕事が増えると、本を読む時間が減ってしまうことだ。作家同士でも、ときどきそのことを話す。特に年齢が近い人とは、仕事を少しセーブしてでも読む時間を確保しないと、と肯き合った。本を読むにも体力がいるし、この先どれだけ読めるだろうと、そろそろ考え始めるからだ。
たぶん自分が書く量の何百倍くらい読んでやっと書けるのだと思う(中略)高校で美術の時間に先生が『見て見て見て・・・・・・、ちょっと描いて、また見て見て、十見て、一描け。それでもえがきすぎなぐらいや』と言った。二十五年経っても、それを何度も思い出す」


作家と翻訳者とでは少し違うかもしれないけれど、「書く」ためには、たくさんのものを読み、自分の中に言葉を蓄えていかなければならないのだなとしみじみ思う今日この頃。
結婚してからの20有余年、日本語の少ない環境に放り込まれ(その代わりに英語は読んだから、それなりによしとするかな)、両親の老いに翻弄され、その後は仕事に悩殺されて、(仕事で必要な以外の)本をあまり読んでこなかったことを、今後悔している。50代も半ばをすぎると、長編を読み通す体力が衰え、何より「目」が衰えてくる。耳から届く日本語と、目で味わう日本語は、やはり少し違う、ような気がする。なので、衰えた「目」を労りながら、そして自分の好みに偏らないように気をつけながら、今年は昨年より多くの本を読んでいきたいと思うのだ。



「ストーナー」(ジョン・ウィリアムズ/東江一紀訳)
訳者あとがきに代えて(布施由紀子)
(原書「Stoner」は、1965年の刊だが、一部の愛好家に支持された他は細々と読み継がれるのみで、著者亡きあと、その存在は世間からほぼ忘れ去られていた。ところが、2006年に復刊されると、欧州市場から逆輸入される形で人気に火がつき、本国アメリカでもベストセラーとなった。刊行当時注目されなかったのは、受動的で地味な主人公ストーナー(の一生)が、成功物語を好むアメリカ人に受けなかったためと言われている。あとがきの中に、著者のインタビューの翻訳が引用されている)
「...この小説を読んだ人の多くは、ストーナーがとても悲しい不幸な生涯を送ったと感じるようですが、わたしは、じつに幸福な人生だったと思います。間違いなく、たいていの人よりはよい人生だったはずです。やりたいことをやり、自分のしていることにいくらか適性があり、みずからの仕事が重要であるという認識をいくらか持てたのですから」(331頁)

まだざっと読んだだけなので(図書館で借りたので<やっと購入しました)、もう一度丹念に読んだら、また少し考えも変わってくるかもしれないが、ストーナー自身も、自分の人生を「悪くない人生だった」と考えていたのではないか(そういう記述があったらスイマセン、読み飛ばしてます<「予約のヒトがおるからはよ返して」と言われてあせったのだった)。この年になって、私も、「結局やりたいことをやっている自分はそこそこ幸せ」と思うようになったので、どうしてもそんな風に考えてしまう。
東江一紀さんも、著者の語る「幸福なストーナー」に多少なりとも自分を重ね合わせておられたのではないか。弟子の布施さんに「平凡な男の平凡な日常を淡々と綴った地味な小説なんです。そこがなんとも言えずいいんですよ」と仰ったそうだ。だからこそ訳したいと。布施さんはこうも書いておられる。
「...先生がもっとも共感されていたのは、生きづらさをかかえた不器用な男を見つめる著者のまなざしだったのではないかと思う。精緻な文体で綴られるがゆえに、ストーリーを語る声に温かさがにじむ。東江先生は本書を生涯最後の仕事として選び、その文体に挑まれたのである」(332頁)
「人は誰しも、思うにまかせぬ人生を懸命に生きている。人がひとり生きるのは、それ自体がすごいことなのだ。非凡も平凡も関係ない。がんばれよと、この小説を通じて著者と訳者に励まされたような気持ちになるのは、わたしだけだろうか」(332-333頁)

涙なくしては読めないあとがきで、50代の今になってこの本に出会ってよかったとしみじみ思うのだ。
2018.01.17 00:04 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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