屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


 原書と翻訳書の対訳音読を翻訳ストレッチに追えようと思ったとき、「ストーナー」(ジョン・ウィリアムズ/東江一紀訳)以外にも、何名かの翻訳家の名前を頭に思い浮かべました。
 そのお一人が小川高義さん。名前に聞き覚えがなくても、「『さゆり』を翻訳された方」と言えば、思い当たられる方も多いのでは。「さゆり」は描かれる世界が少し異色なので(京都花柳界)、対訳音読候補からは外しましたが、「他にどんな小説を訳されているのだろう」とAmazonで検索して見つけたのが、「翻訳の秘密」(研究社、2009年)というエッセイ集でした。副題は「翻訳小説を『書く』ために」。なかなか蠱惑的な副題ではないか...と、積ん読はこうやって積み上がっていくのだよ。


 そんなわけで、今日は主に、この「翻訳の秘密」(小川高義)の読書感想文です。

 まえがきにいきなり「翻訳は教えたり教わったりするものではない」とあります。「翻訳の出発点は『読む』段階にある(中略)初心者への指導があり得るとしたら、うまく読めるようになるための技術支援である。プロの翻訳家にとっても、一生ずっと、読み方の試行錯誤は続くだろう」(5-6頁)。だから、これから書くことはすべて読み方のヒントです、と続きます。

 第1章「翻訳の手順」では、冠詞や単複の差からイメージを膨らませ、「まず文法に基づいて考えてから、イメージや気分について自分が納得する、それから書き始める」(30頁)ことが大事と述べられます。とはいえ、細かいところばかりに気を取られすぎても駄目で、「先へ先へと読ませる推進力」も大事だとも。そして、章の末尾を「原文から思い描いたことを、どうにか日本語でひねり出す、絞り出す、ということで、せいぜい一つしか出ないと思います。だからこそ『意訳・直訳』という発想法に不信感があるのです」(50-51頁)という言葉で締められています。 
 とはいえ、その先の章では、翻訳の仕事は「書いてある英語がわかること」と「わかった内容を日本語で書くこと」の二つに大きく分けることができる(55頁)、翻訳の品質は「入口」と「出口」で決まる(92頁、ただし「入口」を無視して「出口」の議論はあり得ないとも述べられていますが)、などと「訳す(書く)」ことの重要性についても言及されています。

  「原文をきちんと読み、イメージ(絵)を描く」「細かいところばかりに気を取られすぎても駄目(寄ったり引いたりしながら訳す)」「『意訳・直訳』という発想には違和感」というあたりは、翻訳フォーラムで聞いた話と、基本は同じだなと。( )内はフォーラムで使われていた(とワタクシが記憶している)言葉です。
 前にも書いたことがあるかもしれませんが、やはり、「一流」と言われる訳文を書かれる方々が「(自分の考える)翻訳とは」として口にされることは、表現の仕方は違っても、最終的に「内容を正確に読み取り、イメージ(絵)を思い浮かべ、それを別の言語で表現する」ことに尽きるのかなという気がします。本書はどちらかといえば「読む」ことに力点が置かれていますが、それでもやはり、翻訳を「読むこと」と「書くこと」として捉えています。
 ただ、実務翻訳の文書が、事実に基づいて書かれているのに対し、文芸翻訳(小説)では作者の解釈の上にストーリーが組み立てられていることを踏まえると、(あくまで個人的な感想ですが)文芸作品の方が読みも解釈も難しいということはあるような気がします(以前、「The Best American」シリーズの「The Best American Mystery Stories」を音読に使ったことがあるのですが、2/3近くの作品は一読しただけでは「よく分からない」という悲惨な結果に終わったのでした<それはおまえの読みの力が足りんだけだろう、という説も根強い)。
 それでも、どんなジャンルのものであれ、原文の内容を正確に読み取り、(頭の中に)絵を描き、(文化や言語間の違いにも気を配りながら)日本語で的確に伝える、というのが翻訳の基本ではないかと、今のところそんな風に思っています(「思う」と「きちんとできる」はまた別なんですが(^^ゞ)。


 小川さんは、よく使用するウェブ辞書(2009年当時)としてOneLook.comという英々辞書まとめサイト(でいいのかしら)を挙げておられます。
 語句(単語やフレーズ)を入力すると、説明が記載されている辞書の(該当語句への)リンクが一覧で表示されます。語句入力→リンク先に飛ぶというひと手間が必要なのですが、語句によっては、Websterの1828年版もヒットしたりするので、特に文芸翻訳をされる方には便利なまとめサイトかもしれません。Generalカテゴリの他に、Art、Computing、Medical、Business、Tech、Slangなど、分野別のヒット辞書も表示されます。最近、コテコテの医療機器ではない一般的な案件を頂いたときに、使い勝手を試してみたりしています。


 また「さゆり」パート(?)では、ハードカバーと文庫版両方の「訳者あとがき」に加え、「アメリカ産花柳小説」をどのように翻訳するかを決めていく経緯が例とともに語られており、詳細な注も含めて興味深く読みました。少し長いですが、参考までに引用しておきます。

 (本作はプロットを重視したもので、必ずしも祇園のスケッチを意図したものではないという記述のあと)「しかしながら、そのプロットをささえているのが、アメリカの読者はもちろん、日本の読者さえ驚くだろう細部だということも確かである。その基盤が脆弱になることは、何としても防がねばならない(中略)それを大事にしたいと思えばこそ、あらさがしにも似た裏付け調査をした。祇園という場所の感覚を充分に伝えながら、なお日本の読者に抵抗感を抱かせないようにすることが訳者の任務と考えたが、その結果として、フィクションとしての本質が見えてきたようにも思う。個々のディテールとしては、見てきたような嘘をついている箇所もあるのだが、現実と非現実が入り乱れた中から、まるで細かな事実を積み重ねたかのような総体をつくってしまった作者の芸に、評価の基準をおくべきなのである」(134頁)


 この他に、小川さんが訳した他の作家の作品についての考察や、古典新訳についての話が続くのですが、長くなりましたので割愛します。
 現在は絶版のようですが(たぶん)、Amazonで容易に入手できますので、お気が向かれた方はAmazonさんを訪ねてみてください。
 あとがきの最後に、青山ブックセンターで人気の翻訳教室を主宰されている研究社のK子靖さんへの感謝の言葉があり、「おお、こんなところに」となりました。
 
 翻訳ではやはりこれがキモなのではないか、ということで、タイトルは「読み、描き、書く」としました。
2018.02.10 22:47 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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