屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

アトランタ五輪では、「ドリームチーム」と呼ばれた米国バスケットボールチームが大活躍し、金メダルを獲得しました。
...というわけで、ワタクシ的には「ドリームチーム」といえば、アトランタ五輪です(ジツは3代目で、最初に「ドリームチーム」が選抜(?)されたのは1992年のバルセロナ五輪だったらしいですが)。

そういう「最強チーム」が、文句なく格好よく、ばったばったと敵をやっつけていく(そのさい「何でヒーローには弾が当たらへんねん」的なツッコミは禁句です、ヒーローは死んだらあかんのです)お話を書きたくなって書いたお話の冒頭部分。「?」な方は「新・ひと休み」の前書きを。もしくは生暖かくスルーで。

主人公の少女が「TVを見るかマンガを読むくらいしかすることがない」と入院生活を嘆いていますが、初出当時、スマホはまだこの世に登場していなかったということでお許しを。
お暇のある方のみさくっと流してください。
事情により、「ばったばった」の前でぶった切ってます。
これは、世に言う「二次創作」というヤツです。固有名詞は全部アルファベットに置き換えましたが、万一元ネタに気づかれた方は、ご自分の胸に納めて密かに苦笑などして頂ければありがたく。

*** ***

 アイリーンは、もう半年以上、病院にいる。
 ときどき熱っぽかったり、身体がだるかったり、かゆくてたまらなかったりするけれど(最後のはお薬のせいらしい)、猛烈なかゆみ以外は風邪を引いた時と同じ感じだったから、自分では、特に悪いところがあるとは思えない。けれど、それが「ケッカク」というこの病気の怖いところなのだと先生も看護師のお兄さんお姉さんも口をそろえて言うのだ。どこも悪くないように見えても身体の奥に「ケッカクキン」という悪者がひそんでいて、アイリーンが、ちゃんと直らないうちにお薬を止めてしまうのを待っている。だから、たとえかき破りができてしまうほど身体がかゆくても、そんな悪さをしているお薬は絶対飲まなければならないんだそうだ。
 「お薬を止めたら、もっとしんどくなって、もっと長いこと病院にいないといけなくなるのよ」
 そう言って、看護師のお姉さんは、アイリーンがしかめ面をして10個近い色取り取りのカプセルを飲み終わるまでそばについている。そうして、小さな手帳にサインする。誰もが、アイリーンがちゃんと薬を飲んだことを確認できるように。先生は、そうやって毎日お薬を飲んでいたら、3ヵ月ほどで退院できると言っていたのに、もう半年近くたってしまった。「フクサヨウ」とかいうもののせいで「カンキノウ」が落ちているからだと説明してもらったが、アイリーンには、難しいことはよく分からない。そんなことはどうでもいいから、早く家に帰りたいと思う。学校に行って友達に会いたかった。大嫌いな宿題も、今なら進んでやれそうな気がする。11歳になったばかりのアイリーンにとって、半年という時間は永遠にも等しかった。

 パパもママも毎日のように顔を見せてくれたが、いつも、顔の下半分をおおう大きなマスクを付けていて、何だか知らない人のように見えた。「ケッカク」という病気は簡単に人に伝染(うつ)るので、病院にいる間はマスクを外してはいけないのだそうだ。アイリーン自身も、病室を出る時は、必ずマスクをしなければならなかった。そんな人ばかりが入院している病棟だから、お見舞いの人もそう多くない。仲良しの友だちには入院してからいちども会っておらず、近くに住むお祖母ちゃんも2度ほど来てくれたきりだ。でも、本当はみなアイリーンに会いたがっているのだとママは言う。
「でも、伝染ったら悪いから、我慢してね、てお願いしているの」
 もちろん、アイリーンにもよく分かっていたが、やっぱり大好きなお祖母ちゃんや親友のエリンに会えないのは寂しかった。


 そんなアイリーンの唯一の楽しみは、マンガを読むことだった(ともかく、病室にいては、テレビを見ることと本を読むことくらいしかすることがないのは事実だ)。本を読むのも嫌いではないが、無人島にどちらか一方だけ持って行っていいと言われれば、迷わずマンガの方を選ぶ。以前は、アイリーンが図書館や友達から借りてきたマンガの本を読んでいるといい顔をしなかったママも、今では、彼女の望むままにマンガの本を買い与えてくれる(「たまにはこんな本も読んでみなさい」と普通の本しか持って来てくれない時もあるけれど)。
 ここ1年ほどのお気に入りは、日本のマンガで(もちろんセリフは英語になっている)、その中でもいち押しは「XXX」というシリーズものだ。最初の出会いは、Cartoon Channel の日本アニメの再放送だった。英語に吹き替えられたそのアニメに、アイリーンは「一発でやられて」(という言葉は看護師のお姉さんから教えてもらった)しまったのだ。エリンは「YYY」の方が面白いと言って譲らなかったので、2人の仲は、それが原因で一時険悪になったものだ。
 アイリーンは、アニメの主人公Aに、「乙女心をわしづかみ」(これも同じ看護師のお姉さんから教えてもらったのだけれど、古い言回しなのだそうだ)にされたのだった。一見きゃしゃに見える栗色の髪のその青年は、ひとたび戦いが始まると誰よりも強く誰よりも格好よかった。チームには紅一点のメンバーがいて、2人は互いに好意を持っているように見えたが、どこからどう見てもステディな仲には見えなかったから、アイリーンは、もう少し大人になったら自分が主人公の彼女に立候補しようと決意を固めた。アニメの登場人物が実際にこの世に存在しないことくらいは彼女もよくわきまえていたが、彼と同じくらい強くて同じくらい格好いい大人の男の人がどこかにいないとも限らないではないか。その日のために、今からちゃんと準備しておかなければ。ああ、早く、彼につり合うような大人の女性になりたい ―― 幸いに、というべきか、Aとデートする(あるいは彼とともに「事件」を解決する)未来の自分の姿を夢想する時間は、ふんだんにあった。
 マンガを読んで、紅一点の彼女がAの「本物の」彼女だと分かった時は、しばらく涙にくれたものだ。だが、最近では、それも仕方ないと思っている。何といっても、彼女は優しくて強くてその上飛び切りの美人だ。それにチームの一員でもある。Aがいつもそばにいる彼女を好きになるのは当然だと思うのだ。だから、今では、自分の恋は潔くあきらめ、陰ながら2人の恋を応援しているアイリーンである。

(中略)

 その日の夕方、ママが帰ってしまうと、アイリーンは病室に独りきりになった。
 本当は4人部屋で、お祖母ちゃんとおっつかっつの年齢のメアリおばさんと、もう少し若いディリアおばさんが同室なのだが、金曜日の今日は、2人とも自宅に帰ってしまっていた。退院が近づくと、週末は家に帰れるようになるのだが、アイリーンには、まだ外泊許可は下りていない。
 大きな声でうわさ話ばかりしているおばさんたちがいなくなったら、さぞかしほっとするだろうと思っていたのだが、急に部屋が静かになってしまって、寂しさばかりが先にたった。2人がそれぞれの家族とともにあわただしく出て行ってしまってから、まだ数時間しかたっていないのに、彼らのかしましさが無性に懐かしく感じられた。

 早い夕食が終わり検温もすむと、あとは消灯を待つばかり。おりあしく、今日は面白そうなテレビ番組もやっていない。本当は十分以上に心細いのだが、いつでも様子を見に来てあげるという看護師のお姉さんに
「大丈夫、独りで寝られるもん」
 と胸を張った手前、そう簡単にナースコールボタンを押すわけにはいかなかった。
 時計の針は8時を指している。いくらなんでも眠るにはまだ早すぎる時間だ。アイリーンは、ため息をついてベッド脇のロッカーの扉を開け、「XXX」を1冊引っ張り出した。今晩は、彼らに助けてもらおう。

**********

 固くて冷たいものをほおに押し付けられ、アイリーンは、びっくりして目を覚ました。すぐに、その「固くて冷たいもの」が、さっきまで読んでいた(ともかく、アイリーン自身に眠りに落ちた記憶はなかった)マンガ本の表紙であることに気づく。どうやら、寝返りを打った拍子に枕の上から頭がずり落ち、顔が本の上に着地してしまったようだ。
 いつの間にか、ベッドの上の読書灯は消え(これも全く記憶になかったから、当直の看護師のお姉さんが消してくれたに違いなかった)、あたりは闇に包まれている。テレビの上に置いたデジタル時計は2:31に変わるところだった。
 こんな時間にこんな風にしんと静まり返った中で目を覚ましているのは初めてだった。もちろん、真夜中に目を覚ましたことは何度もあったが、いつもなら、目を覚ますなりメアリおばさんのいびきが耳に飛び込んできたから、今みたいに泣きたいほど寂しく感じたことはない。うるさくてかなわなかったその音が、今は懐かしくてしょうがない。思わず、コールボタンに伸ばしかけた手を、アイリーンは急いで引っ込めた。だって、「独りで大丈夫」って言ったんだもん。怖くなんかないもん。そうだ、おトイレに行こう。トイレは、ナースステーションの斜め向かいにあるから、偶然みたいな顔をしてステーションの中をのぞくことができる。うまくすれば、お姉さんの誰かとちょっとお話することができるかもしれない。

 現金なもので、そう思い立つと、さっきまでの心細さは跡形もなく消えてしまった。
 アイリーンは、カーディガンを羽織ってベッドから下りると、スリッパに足を突っ込んだ。病室の入口の天井には淡い光を放つ常夜灯が取り付けられていたから、足元に不安はない。アイリーンはそろそろとドアを引き開けて廊下に出た。真夜中のこととて廊下の照明も8割方落としてあるが、10メートルほど先の1ヵ所だけ、眩い光がもれている場所がある。そこがナースステーションで、その斜め向かいがトイレだ。

 ナースステーションは無人だったが、夜間は看護師さんの数も少ないから、これは別に珍しいことではない。お手洗いをすませて、もう一度ステーションをのぞく。まだ、誰も戻って来ていないようだった。ナースコールが長引いているのかな。もう少し待ってみようか...首を傾げて思案する。左目の片すみに動くものをとらえたのはその時だった。何だろう ―― 振り向くと、白っぽい影が、一番端の部屋に消えて行くところだった。まるで、壁を突き抜けるみたいにすっと消えていったのだが、そこは、ランドリースペースで病室のようにドアがあるわけではなかったから、それ自体は不思議でも何でもない。だけど、とアイリーンは考えた。どうしてこんな時間に、看護師のお姉さんがそんな場所に入っていったのだろう?(ちらりと見ただけだが、それはお姉さんたちの制服のように見えた) ランドリールームは入院患者自身や家族が下着や寝間着を洗濯する場所だから、看護師のお姉さんたちに用事があるとは思えない。ともかく、昼間の時間帯でさえ、お姉さんたちがそこへ入っていくのを、アイリーンはほとんど見かけたことがなかった。

 ランドリールームは、常夜灯の明かりも届かない、廊下の一番端っこにあったから、様子を見に行こうかどうかちょっと迷ったが、最後に好奇心が勝った。それに、結局、看護師のお姉さんとしばらくお喋りできることになるかもしれない。

 できるだけスリッパの音を立てないように気をつけながら、アイリーンは、廊下を進んでいった。夜間は静かに歩くようにといつも言われていたせいもあるが、お姉さんを脅かしてやろうという気持ちもあった。ランドリールームの手前までくると、そうっと首だけ出して中をのぞく。

 誰も、いなかった。廊下から差し込むかすかな明かりのおかげで、それくらいはひと目で分かる。同時に、アイリーンは、3台並んだ洗濯機のうち、一番奥のそれが防水パンの外に出されていることも、見て取った。お姉さんが動かしだのだろうか? いやいや、そんなはずはない。いくらお姉さんの力が強くても、ひとりであの洗濯機を動かすことができるとは思えない。それなら、いったい誰が何のために? それより、一体全体、お姉さんはどこへ行ってしまったのだろう? 
恐る恐るランドリールームに足を踏み入れる。防水パンのそばまで行くと、洗濯機があった場所に、ぽっかりと黒い穴が開いているのが見えた。そんな場所に穴があるべきではないということくらいは、アイリーンにも分かる。いったい、いつ、誰が開けたんだろう?もしかして、お姉さんはこの中に落っこちてしまったんだろうか?

 すぐに助けを呼びに戻るべきだと頭では分かっていたが、アイリーンは、その黒い穴から目を離すことができなかった。あの穴の向こうには、いったい何があるのだろう? お話の本なんかだと、そういうものの向こうには、別の世界が広がっていることになっているけれど。
 アイリーンは、防水パンの横にひざをつき、できるだけ身体を伸ばして穴の中を覗き込もうとした。穴の奥は真っ暗で、中で広がっているのか、それとも入口と同じ幅の筒型の穴なのか、それさえも分からない。もちろん、穴の底など見えようはずもなかった。
 アイリーンが、ため息をついて身体を起こそうとした時、穴の奥で何かがぴかりと光るのが見えた ―― ような気がした。何だろう? もっとよく見ようと、さらに身を乗り出した瞬間、つるりとスリッパが滑った。あっと思った時には、もう身体が宙に浮いていた。真っ黒な穴が目の前に迫る。アイリーンは、思わずぎゅっと目をつぶった。


(時間の関係により本文割愛)


エピローグ

 結局、アイリーンは、その「事件」から1ヵ月後に退院することができた。
 退院後は、しばらく登校できなかったし、長いことお薬を飲み続けなければならなかったが、それでも「ケッカクキン」は退治されたようで、その後、彼女が再び病院に戻ることはなかった。

 エリンに「事件」のことを話そうかどうかずい分迷ったが、結局、話さなかった。自分でも半信半疑なのだから、話しても信じてもらえないだろうという気持ちもあったが、何より、自分ひとりの思い出として大事にとっておきたかったからだ。
 いつ次の「事件」が起こっても大丈夫なように、勉強にもスポーツにも精を出したが、その後、「彼ら」に再会することはなかった。

 1年、2年、5年...と時間が経つにつれ、「事件」のことを思い出すことも間遠になった。たまに思い出しても、「楽しい夢を見た」と懐かしいような切ないような気持ちになるくらいだった。それでも、赤いカチューシャは、宝箱の底に、ずっと大事にしまっておいた。結局、そのカチューシャが本当はどこから来たのかは、分からず仕舞いだった。多分、従姉のお姉ちゃんのところからだろう。実際、色とりどりの髪飾りをいくつも持っていたから。

 大学でともに学んだクラスメートと数年後に再会し、短い交際期間を経て、翌年結婚した。背が高くハンサムと言えないこともなかったが、「彼」とは似ても似つかぬ容貌の男性だった。

 結婚に際して本やマンガはずい分処分したが、それでも、「XXX」を初めとするいくつかのシリーズものだけはどうしても処分できず、かといって実家に置いてくることもできなかったので、引越し荷物に紛れ込ませて新居に持ち込んだ。夫となった男性は、それらを2人の本棚の一等席に並べるよう勧めてくれた。結局のところ、そんな男性だったから好きになったのだ。

 2年後に、娘が生まれた。
 アイリーンは、娘が物心つく頃にはマンガを持たせ、母親譲りのマンガ好きに育て上げた。夫は、母娘が共にアニメに興じマンガを回し読みするのを見て苦笑いしたが、ともかく娘は、マンガ以外のものにも健康な好奇心を示す賢い娘に育っていたから、片目を瞑って、この母娘共通の趣味を認めてくれた。

 その娘も当時のアイリーンの年頃になった、ある日。
 学校が大好きで、いつもは目覚まし時計の不要な娘が、その日は珍しく、自分で起き出してこなかった。珍しいとはいっても、これまで何度かそういうことがあったので、さして気にも留めず、アイリーンは、娘を起こしに2階に上がった。
 娘は、すでに目を覚まして、ベッドの上に起き上がっていた。

 「どうしたの、早くしないとスクールバスに乗り遅れるわよ。それとも、どこか具合でも悪い?」
 アイリーンが、ベッドの脇に屈みこむと、娘は不思議な表情で母親を見た。
 「夢を見たの」
 「どんな?」
 「XXXの夢。一緒に悪いヤツをやっつけたの。夢じゃないんじゃないかと思うくらいリアルだったの」
 アイリーンは、急に声が出なくなってしまい、息を詰めたまま、娘の次の言葉を待った。
 「それがね、おかしいの」
 と娘は続けた。
「別れる時にね、Aが、お母さんによろしくねって言ったのよ」

 では、彼はちゃんと覚えていてくれたのだ。

 アイリーンは、娘の髪に顔を埋め、涙と感動を隠し
 「それはね」
 と震える声で言った。
 「お母さんも、昔、彼らに会ったことがあるからよ」


「ドリームチーム(The Dream Team)」(初出2007年頃)
2018.02.24 14:29 | 好きなもの・こと | トラックバック(-) | コメント(0) |












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