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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

英語で
put yourself into someone's shoes
と言われるアレです。

わたしは、家族の顔色を読む子ども時代を送ったせいか、わりと「でも相手の立場に立てば」という考え方をしてきたような気がします。

(とはいえ、中学生に上がる頃までは、家でこれをやっている反動もあったのか、学校では、割りとズバズバものを言っていた記憶があって、自分の思いも及ばぬところで、誰かの心に傷跡を残したということがあったかもしれません)

これは、仕事をしていく上ではなかなか便利(?)な考え方で、翻訳の仕事をよくご存じない方から無理を言われても、「でも、私もアナタの仕事内容をよく知らないし、たいして興味もないから、お互いさまだよね」と思えるし、コーディネータさんから無茶振りされても「板挟みになって大変なのね」と思うことができます。
以前は、そう思うだけで、心の中でため息をついてスルーしてきましたが、この頃では、「でも言わな」というときは、なけなしの勇気を振り絞って言葉にするようにしています。そのとき、「でも、私もアナタの仕事のことを知らないから、お互いさまなんですけどね」感を醸し出すようにすると、若干話が円滑に進むような気がします。気がするだけですけど。


しかしながら、この「想像するちから」というヤツには、度を超すと相手の立場や感情に呑み込まれてしまうという、副作用的なものもあって、これが強く出てしまうとちょっと(かなり)厄介です。
相手を思いやるには、想像するちからが欠かせないのではないかと思うのですが、同時に「自分を見失わないこと」も必要なのではないかと。

わたしと晩年の母の関係がそんな感じでした。

もともと、「離れていれば上手くいく」という淡泊な関係で、わたしは母を疎ましく思い、母も晩年「アンタのことはそんなに好きじゃなかったけど、私なりに愛していたとは思う」と述懐するような、想像できない方には想像できないであろう母子関係でしたが、父の入院がきっかけで、母が実家で独り暮らしをするようになってから、わたしはこの「想像するちから」に苦しめられることになりました。

「家族が帰ってくるあてのない家で自分が独りで暮らしているとしたら」「不安で押し潰されそうになってどうしていいか分からないとしたら」

母はいつも、さまざまな言い方で、その点をグイグイついてきました。今にして思えば、自分を守ろうとする本能で「そこを突けば、罪悪感に苛まれた娘は必ず自分のところにやってくる」ということが分かっていたのかもしれません。
当時、わたしの中では、想像するちからが「自分はどうしたいのか」を圧倒していたような気がします。
思い返してみれば、それは、自分にとっても母にとっても不幸なことでしかなかったのですが。


時間が流れ、母を「いとしい」と思うことはできなくても、母の気持ちや、わたしが疎ましく思っていた母の性格が尖鋭化した(と思われる)事情が理解できるようにはなったような気がします。
とにかく、母は、わたしに、生きていく上で「想像するちからを持ち、でも自分も見失わず」が大切なのだということを教えてくれました。

「想像するちから」のみに支配された当時のわたしの心の中は、罵りの言葉で満ちていました。
だから、こうしてあれこれ思い返せるようになった今、想像するちからと自分のバランスを保ち、人間としても翻訳者としても、うつくしい言葉で語れる人間になりたいと心から思うのです。

命日が近いので、ちょっとマジメに振り返ってみたりなどしました。
2018.03.16 00:29 | 両親のこと | トラックバック(-) | コメント(-) |