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2018. 04. 24  

言葉できちんと説明できる人は伸びる、という話をずいぶん前にどこかで読んだ。
翻訳に絡めた話、ではなかったような気がする。
似たような言葉を、最近、町田さんのインタビューの中に見つけた。別のアスリートに関する記事でも目にした。

言葉で説明できる人には、伸びないだけでなく、芯の部分がブレない人が多いような気がする。

...ワタシも割りと「考えて言葉にしたがる」ヒトである。
考えているうちに、書いてまとめているうちに、ごちゃ混ぜだったものが整理されていくのが分かる(ときもある)。

では、そんなワタシが伸び悩んでいるのはなぜだろう、と考えた。

色々理由はあるに違いないが、一番足りないのは、必死さというか貪欲さではないかと思う。
ワタシは、もう少しというところで「ま、えっか」と妥協してしまうのだ。

訳語を選ぶとき。
ぎりぎりあと1回通しで見直しできる時間が残ったとき。
参考書籍に目を通すのを明日に先送りするとき。
...等々、枚挙に暇がない。

だいたいは、仕事に差し障りがあってはいけないと「無理すまい」という理由で止めてしまうのだが、「無理できない身体だし」を言訳にしているところは確かにある。
でも、無駄に過ごしている時間も多いわけで、さまざまな場面でもう少しずつ貪欲になれるはずだと思うのだ。

色々考える分、「一見無駄なようだが長い目で見て身になるだろう努力」はしていても、「力任せだけの(無駄な)努力」はしていないと思う。
効率、ともちょっと違うけれど。
そんな自分に今一番必要なのは、さまざまな状況での「もう少しの貪欲さ」ではないかと思うのだ。


そんなことを考えたのは、勉強会の予習用資料がUPされたから(今週勉強会です)。
皆さんの要約文を読んで、「そういえば、最後『ま、えっか』できちんと読まなかったところあったな」と思ったのがきっかけ。

「他人の書いた文章を読む」ことについても、少し考えた。

名文と言われる文章もそうだけれど、「凄いな」で終わっては、進歩はそこで止るのではないかと思う。
「自分はまだまだ」とがっくりし、「ではどうすれば少しでもそこに近づけるのか」を考えることにこそ意味があるのではないか。

「まだまだ」と思うのは、自分の立ち位置をそれなりに冷静に把握しているから。
「ではどうすれば」と考えられるのは、彼我の差を埋める(埋められるかもしれない)方法に多少の心あたりがないでもないから。

「がっくり」と「どうすれば」の繰り返しの先に、少しの進歩があるのではないか。

というわけで、「もう少しの貪欲さ」を忘れず、彼我の差を少しでも埋める努力を続けようと誓って...
...「カーネーション」の再放送を見てしまいました(<そこがオチか<自分)。
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Re: タイトルなし
ヨシダヒロコさん、こんにちは。
>わたしはその「調べ物がもう少しのところなのに」をフェローのマスターコースでだいぶ前に言われました。ずっと気にはしてます。
そうなのですね。
私は調べものは結構とことんやる方だと思います。仕事だと納期との兼合いありますが。
自分の場合は、最後の最後に自分を甘やかすという点で貪欲さが足りないような気がしています。

ヨシダヒロコさんは、指摘された点を気にされているのですから、改善していけているのではないかと思います。
Sayoさん、こんばんは。

わたしはその「調べ物がもう少しのところなのに」をフェローのマスターコースでだいぶ前に言われました。ずっと気にはしてます。

わたしもくだくだ説明したがるたちで、基本的には「人は他人だから言わないと分からない」ためです。今の気持ちは、ちょくちょくここに来て書いてるけどわたし場違いではないだろうか?です。

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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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