屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


*コヒ―ジョンを考える(S復)

コヒ―ジョン(結束性)とは、語・句・文同士を結び付けてまとまりのあるテキストを作り出す働きをいい、オーストラリアの言語学者ハリディが提唱した概念だそうです。ハリディは、コヒ―ジョンを、指示(Reference)、代用詞(Substitution)、省略(Ellipsis)、接続(Conjunction)という文法的結束性と語彙的結束性に分類しています(似た言葉であるコヒーレンス(Coherence=一貫性)とは、コヒ―ジョンが文法的な依存関係によるつながりを示すのに対し、コヒーレンスは意味によるつながりを示すという点で異なるとのこと)。
日本語では、日本語特有のコヒ―ジョンを考えることができ、例として、主語が同じ文が続く場合、主語を省略することによって文間につながりが生まれる(言わない=変わらない)ということを、「イントロダクション」の枝豆図を用いて示してくださいました。「めだかの学校」でRetrical GrammarのCohesionの章を読み訳すという演習をされたということですが、そのせいもあってか、説明がとても分かりやすかったです。
懇親会でお話する機会があったのですが、「めだかの学校はある意味実験の場で、めだかで上手くいったことがレッスンシリーズになったりするんですよー」と実に楽しげに話してくださいました。


*さようならブチブチ文~文章の「きれつづき」(T橋さ)

まずはアンケートの結果から。申込み時のアンケートの中に、「生きるべきか□死ぬべきか□それが問題だ□」の各□の箇所に、「、」を打ちますか、「。」を打ちますか、何も打たないですかという質問があったのですが、「、 。  。」が42%、「、 、 。」が11%、「ナシ 、 。」が18%とそこそこ割れた結果になった由。
この最終講義では、T橋さんが、「(ケースバイケースで悩むものとはいえ)どこまで共通原則が適用できるか」について考えを述べられました。
その前に、文の種類を確認(下図を参照してください)

文4種





原則ゼロとして、テンを打たずに済む語順と文をまず考える。
原則1として、合わせ文では、基本テンを打つ。
原則2として、原則ゼロの文を意図的に変更したい場合(強調や挿入など)、語順を変更し、必要な箇所にテンを打つ。
原則3として、+αとして、(ケースバイケースで)読み手に配慮する(分野や対象読者によって事情は違う)。ごまかしのテンを打ってはならない。

さらに、段落内での文を超えたつながりについても言及されます。
そのようなつながりを考える場合に役立ちそうなのが、図のようなトレーシングペーパーの利用。コヒ―ジョンや文法的なつながり、論理のつながりなどいくつかの事項について、それぞれトレーシングペーパーを用いてつながりを描いてみる。そうすることで書き手が書いたことが整理でき、トレーシングペーパーを重ねたものはきれつづきの基本にもなるのではないか(この「トレーシングペーパー」というのは面白そうですね。今後、ワークショップでやっていただきたい内容です...というのはアンケートに書けばいいのか)。

トレーシング





また、きれつづきの実際のテクニックとして、「述語から読む」「文中の位置(どこにその語を置くか)」で整理してみるというやり方も示してくださいました。

そうした「きれつづき」を一切考えず、一文単位で訳しておいてから、日本語だけを見ておかしい部分を修正していくというやり方は翻訳未満のブチブチ訳(勝手訳)で、ある程度全体の流れを掴んでから(=状況が頭の中に浮かぶようになってから)訳し始めることが大切なのだと。この「ブチブチ訳」というのは、I口さんの試訳0(ゼロ)に相当するのかなと思います。
最後に、翻訳とは「原文の情報を過不足なく反映させたすとんとふに落ちる読みやすい訳を届ける」仕事であり、そうした訳文を書くために意識すべきこととしてきれつづきがある、とまとめられました。



シンポジウムの発表はこれで終わりですが、最後に、恒例の「何が出るかなQ&A」のコーナーがありました。
長くなりましたので、少しだけ言及しておきます。

Q ダッシュと語の間にスペースがある場合とない場合があるようだが、原則はあるのか。
A 物販に来られていた本業校閲者のN練馬さんが、この質問に答えてくださいました(フォーラムメンバーからいきなり回答を振られたのだった)。N練馬さんは、その内容をもっと詳細に記載した「em ruleとen ruleのアキ」という記事を書いてくださっています。ダッシュについて分かりやすくまとめてくださっていますので、興味のある方は読んでみてください(#fhon2018の中でもリンクが張られています)。
http://lexicography101.net/2018/05/29/em-rule%e3%81%a8en-rule%e3%81%ae%e3%82%a2%e3%82%ad/

Q サブカルネタについて――読者がどれくらい理解できるのか考えながら訳文に反映させるということになるのだろうが、その判断基準は。
A ケースバイケースだが、①客の要望、②読者想定、③趣味ということになろうか(T橋あ)。出版では訳注を用いるという方法もある(I口)。

Q 新人時代にこれをやっておけばよかった/やっておくとよい、ということがあれば。
A 
(無理を承知で言うが)ゆっくり(翻訳の)時間を取れるようにする、「あの年代になったらこんな風にすればいいのだな」というロールモデルを見つける(T橋さ)
無理をしない。断る勇気を持つ。いい仕事をしている人と知り合うことが大事(F井)
なるべく早く自分のペースを掴むこと(T橋あ)
自分の場合、最初から「いい訳文を作ろう」という人たちと交わることができ、そういう方向性で来られたのがよかったと思う(I口)



最後に感想です(思いつくままなので、そこに流れはありません、スイマセン)。

昨年は帰りの新幹線の中でがしがし下書きを書いていましたが、今年は、何度読み返しても、各発表がどうつながっているのか、どうまとめたらよいのかがよく分からず、頭を抱えたまま帰阪しました。1文字も書いてません(ときどき寝てましたが)。レポートを作る作業そのものが「(発表やシンポジウムの)きれつづき」を考える作業だったような気がします。

T橋ささんが最後に少しまとめられましたが、きれつづきは、文の性質や文脈に大きく依存し、具体的に「こう切れば(あるいはつなげば)よい」ということができないものであるような気がします。それほどに難しいものなのでしょう。
そんな中でも、いくつか具体的な「こうすれば」が示されました。それが絶対的に正しいものなのかどうかは分からない。でも、これから、私たちが進む方向をぼんやりとでも示してくれるものであることは確かなような気がします。

今回、先人がどう翻訳と向き合ってきたかに関する話がありました。一見、翻訳技術とはあまり関係ないような話ではあり、昔の私だったら寝てしまったかもしれませんが(...といういい感じの時間帯だったのだった)、今は、過去を知り、現在を認識した上に未来があるのだということが、少しだけ分かるような気がします。

つながりや切れ目を探すということは「考える」ということではないかと思います。昨年のQ&AコーナーのQに「翻訳者に向いていない人はどんな人か」という質問があったのですが、逆に「翻訳者に向いている人」として「なぜを問い、答えを探そうと考える人」を挙げることができるのではないでしょうか。あくまで個人的な考えですが。

I口さんが具体例の中でなさった「段落分けし、それぞれの役割を考えてみる」というのは、今、自分が勉強会で試してみていることでもあります。もちろん、そうやってでき上がる試訳の質には雲泥の差があるのですが、試行錯誤の方向が間違っていないのではないかと思えたのは嬉しかったです。精進します。

最後になりましたが、シンポジウムを企画してくださった翻訳フォーラムの皆さん、「めだかの学校」の皆さん、その他お手伝いくださった皆さん、ありがとうございました。
そして、ここまでめげずに読んでくださった方も、ありがとうございました(そしておつかれさまでした)。

2018.05.30 00:55 | 翻訳祭・フォーラムetc.報告(2016-) | トラックバック(-) | コメント(0) |












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