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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


なんか、翻訳のいい話を想像してくださった方はごめんなさい。

「悲嘆の門」(宮部みゆき)の読書感想文というか、心に残った部分を取り出したらこうなったというか。
途中で、「苦手系」と気づいたので、後半はストーリーを追いながら、流しました。
こうやって、ストーリーを追う読み方をするから、自分の中に「使える語彙」がたまっていかないのかもしれません。

「苦手系」というのは、異世界(と行ったりきたり)ものです。
異世界ファンタジーすべてが苦手ということではなく、あくまで「宮部作品の中では」ということです。
(個人的な好みです、念のため)。

蛇足ですが、若い頃は、ファンタジーが好きでよく読んでました。
レイモンド・E・フィーストのリフトウォーサーガ(岩原明子訳)とか、アン・マキャフリィのパーンの竜騎士シリーズ(小尾芙紗訳)とか、ロビン・マッキンリィの「青い剣」(渡辺南都子訳)とか。
特に、フィーストの「魔術師の帝国」とマッキンリィの「青い剣」は、それぞれ、少年、少女の成長譚としても秀逸な内容だったと思います。てことで、今も手元にあります。

閑話休題。

「悲嘆の門」でしたね。

ネット社会の暗闇を抉るのか? みたいな感じで始まったのが、背中に翼を生やし大鎌を手にしたガーゴイルが現われたあたりから、どんどん現実離れしてしまって、ちょっとついていけませんでした(というのは、シツコいようですが個人的な感想です)。最後まで社会派ミステリとして読んでみたかったです。重い話になりそうですが。

現実の世界に異能者が登場したり(「クロスファイヤ」「魔術はささやく」「蒲生邸事件」など)、時代ものに妖怪や呪術者が登場したり(「荒神」「三島屋シリーズ」など)というお話は、ダイジョブ、というか好きなんですけどねー。おそらく、前者は、異能者が現実の枠組みの中で生きているから、後者は、そもそも昔の話なので「そういうこと」が起きてもおかしく思わないからだと思います。というわけで、現実世界と異世界が渾然一体となった感のある「悲嘆の門」は、個人的には苦手です。

そうは言っても、最後まで読ませてしまうのは、宮部さんの筆力のなせる技かと。随所に「こんなん思いつかんわ」という、ハッとさせられるような独特の表現があり、本当に上手いなあと思います。


タイトルは、サイバーパトロールのアルバイトをする主人公の大学生とアルバイト先の会社の女社長との会話に出てくる言葉。
本筋と関係あるような...それほどないような...くだりなのですが(駆け足で読みましたもので...)、言葉に係わる仕事をする者としてもひとりの人間としても、心に留めて置くべき内容なのではないかという気がしましたので、少し長くなりますが、引用しておきます。

以下、「悲嘆の門」(上)125~127頁より引用

 社長は頬杖をついてちょっと目を凝らした。
「よろずに攻撃的な人っているでしょ」
「炎上を起こすのが好きだとかですか」
「そこまでいかなくても、たとえば映画評とか芸能人の品定めでもいいけど、正鵠を射てはいるんだけど辛辣だったり、何でもかんでも批判するばっかりだったり」

(中略)

「わたしの友達にもいるの。本人はすごく常識的な人で、仕事もできるし家庭も円満。それでもやっぱりストレスは溜まるでしょ。それを、ネット上でキツい発言をして発散しているというのよ」
 大いにありそうな話だ。
「ネット人格は現実の自分とは違う。きちんと切り離しているから、ネット上ではどんなキツいことやえげつないこと、現実の生活では口にできないようなことを書き込んだって大丈夫よって、彼女は笑ってる。そういうネットの使い方は、確かにあると思う」
 孝太郎はうなずいた。
「でも、わたしはそれ、間違いだと思うの」
 言葉は残るから、と言った。
「わたしの友達みたいなスタンスでいろいろ書き込んでる人は、自分は言葉を発信してるだけだと思ってる。匿名なんだし、遠くへ投げて、それっきり。誰かの目にとまったとしても一時的なものだって。それはとんでもない勘違いよ」
「ネットに発信した情報は、ほとんどの場合、どこかに残りますからね」
「いいえ、そういう意味じゃない」
 きっぱりと否定された。
「書き込んだ言葉は、どんな些細な片言隻句(へんげんせっく)でさえ、発信されると同時に、その人の内部にも残る。わたしが言ってるのは、そういう意味。つまり<蓄積する>」
 言葉は消えない。
「女性タレントの誰々なんか氏ね[Sayo注:「死ね」の意]。そう書き込んだ本人は、その日のストレスを、虫の好かない女性タレントの悪口を書いて発散しただけだと思ってる。でも、<氏ね>という言葉は、書き手のなかに残る。そう書いてかまわない、書いてやろうという感情と一緒に」
 そして、それは溜まってゆく。
「溜まり、積もった言葉の重みは、いつかその発信者自身を変えてゆく。言葉はそういうものなの。どんな形で発信しようと、本人と切り離すことなんか絶対にできない。本人に影響を与えずにはおかない。どれほどハンドルネームを使い分けようと、巧妙に正体を隠そうと、ほかの誰でもない発信者自身は、それが自分だって知ってる。誰も自分自身から逃げることはできないのよ」
2018.06.27 23:57 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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