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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

つつがなく終了しました。
廃人継続中のSayoです(スイマセン、体力ないもんで)。

思いつくままに書き留めておきます。

まずは、おそらくこちらの記事を読んでくださるに違いない、講師の皆さま、ご参加くださった皆さま、ともに実り多く楽しい勉強会を作り上げてくださってありがとうございました。
懇親会でも、各所で翻訳に関する熱い談義が交わされていたようで、出席された方の「もっと学びたい」という気持ちがひしひしと感じられ、お世話させて頂いた側としては、こんな嬉しいことはありません。
今回、勉強会や懇親会に参加できなかった方は、また何かの機会に是非(あ、ワタシがやるとか言ってないです<念のため)。

会場、かなり暑かったですね。あれでも、エアコンは「High」設定で全力で仕事をしていたので、許してやってください(建物かなり古いのです)。

今回、前半の講義部分は、一番後ろの席で、運営目線で(って何さまやねん<自分)全体を見させて頂きました。

皆さんが、熱心に聞き入ったりメモを取ったりなさるのを拝見するのは本当に嬉しいものです。
離れたところから拝見していると、たとえば、皆さんのメモ取りの手が止まったり、T橋(さ)さんが若干早口になられたりしたところで、F井さんが合いの手を入れて交通整理をしてくださったり、T橋(あ)さんが「今、資料のココ~♪」と頭上に資料を掲げて示してひと息入れてくださったりしているのがよく分かります。今回もピッタリ息の合った絶妙のコンビネーションであるように思えました。


配布された資料には、5月のシンポジウムの内容が反映されており、前半の講義は、シンポジウムや翻訳祭で語られた内容を盛り込んだ最新のものになっていました。
前半最後のワークには前回と同じテキスト(T橋(さ)さんご自身の文章)を使用しましたが、前回の自分の結果と見比べてみると、異なる解答をしているものも少なからずあり(しかも、前回きちんと分類できていたものができていなかったりしとるし!)、自分は進歩できているのか退歩しているのか分からんわーと若干落ち込みながら、今この報告書を書いています。

今回は、このワークに関する質疑応答でかなり熱い議論が展開されたのですが、面白いと思ったのは、発言された方の多くが「英訳することを考えると」的なことを仰っていたこと。白状しますと、自分自身はその点をきちんと意識しながらやっていたわけではありませんでした。
今改めて考えてみると、「どんな英文からだと、この日本語ができるだろう」という風に考えながら作業をしていたように思います。それを、自分としては「英訳」と認識していなかったのですが、よく考えてみれば、「こういう英文ならこう訳す」と「この日本語なら英文はこうだろう」は、表裏一体の関係のような気もします。もちろん、英語表現をもっときちんと自分のものにしなければ英訳はできないには違いないのですが、「英訳は和訳の学びになり、和訳は英訳の学びになる」というのは、この基本の部分をしっかり理解し確立させてこそ実現するものではないか、という気がしました。
上手く説明できなくてすいません。「頭のすみをちらっと掠めて何かが行きすぎた」的な気分です。そのときも疲れてましたし、今も廃人ですので(と言い訳してみる)。

後半の訳例カードも前回と同じで、most(の訳語)の現われる位置によって、訳文の書かれたカードを分類するというものでしたが、1枚1枚きちんと復習したわけではないので、ほとんど内容を忘れてしまっており、また新たな気持ちで挑戦しました。
ちらちら見ていると、どの班でも、最後の方では皆さん積極的に発言されていたようで、ゲーム感覚で楽しみながらやっていただけたのではないかと思います。
最後の班別発表では、発表者の方から「実際に音読してみるとまた違いますね」という発言もあったりして、それぞれがさまざまに得るものがあったのではないか--そうであればいいなと思っています。


自分自身を振り返ってみれば、前回「述語から読む・訳す」に参加してから、「位置を固定してぴったりの言葉を探す」ところから、「位置を変えてぴったりの表現を探す」「どこまで表現を変えても文全体として等価になるか」といったところに意識が向くようになったような気がします。
ただ、ワタクシの悪い癖として、「ひとつのことに意識を向けるとその他の部分がお留守になる」ということがあり、最近では、「文全体としての等価」ばかり考えすぎた結果、勉強会で「...かなり自由ですね(注:ほめ言葉ではありません)」と評される羽目になり、シンポジウム後、文の切れ続きばかりに意識が向いてしまって、他が疎かになるということがありました。
「まずは原文の文法をきちんと理解し、その上で、流れも意識しながら、原文の意図・対象読者を考慮した、日本語としておかしくない訳文を作成する」、どれかを置き去りにすることなく、すべてを過不足なくできるようになる、というのが目標です。そのための訓練のひとつとして、(それだけに意識が偏らないよう注意しながら)「述語から読む・訳す」で学んだことを、「自分の中に」もっとしっかり取り入れていきたい、その再確認の場となった「大阪でもレッスン!」でした(とか、カッコいいこと言って、ホンマは段取りと懇親会のことしか考えてへんかったけどな)。


講師の皆さんは素晴らしい方々でしたが、講師が素晴らしいだけでも、事務局がしっかり準備しただけでもだめで、参加者の皆さんが積極的に参加してくださって初めて「よい勉強会」が成立するのではないかと思いました。最初に、F井さんが「翻訳のレッスンの該当箇所を読んできてくださった方」と尋ねられたとき、全員(だったと思う)が挙手されました。始まる前から積極的にご参加頂き、本当にありがとうございました。


事務局は本日をもちまして解散致します...はずでしたが、いろいろとオトナの事情(?)があり、当面存続することになりました。
次のお知らせをすることが...あるかもしれません。期待せず、気長にお待ちください。
2018.07.03 18:02 | 大阪でもレッスン2018・跡地 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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