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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


このブログ記事を書きながら、しみじみスライド資料を読み返しています。

管理人さんとは、9ヵ月間勉強会でご一緒し、要約の話もいろいろ伺ってきましたが、これを読んで、「理解したつもり」になっていたことが多いことを実感しました(「つもり」という魔物は本当に厄介です)。

要約をするときは、「キーセンテンスを探す」「不要な部分は削る」「自分の言葉に言い換える」「段落間のつながりも意識する」といったことを意識してはいますが、つい、「何のためにそれをするのか」ということを忘れがちになります。
勉強会の要約の目的は、「翻訳のさい、著者の意図を過不足なく伝えられるようきちんと準備する」(ためのひとつのトレーニング手段)であるはずなのですが、つい、「いい要約をつくろう」と力が入ってしまうのですよね。でも、よく考えてみれば、「いい要約」というのもおかしな話で、その要約を基に最終的に「読者がきちんと著者の描いた絵と同じ絵が描ける」訳文をつくれてはじめて、「それはよい要約だった」ということができるはず。だって、要約は手段なのですから。

私は、これまでも書いているかと思いますが、わりと、「ひとつのことに注意が向くとそこだけに注力してしまう」人間です。「つながりがうまくいかなかった」と指摘されると、次はつながりばかりが気になったり、段落内の流れを意識しすぎて段落間のつながりへの意識が疎かになったり...と、勉強会で、他のメンバーから新たな視点で自分の要約(訳文)が「斬られ」ると、そこばかりに注意が向いてしまいがちなのです。で、要約も訳文も、いつもデコボコしたアンバランスなものになってしまうのです。そのデコボコが、1本の線に近いところに収められるようになれば、近距離から、遠距離から、そしてさまざまな方向からみた、バランスのとれた「読者に余分な労力を使わせることなくきちんと原著者の意図が伝えられる」訳文がつくれるようになるのかなと思います。分かっちゃいるけど、で道は遠いですが。このアンバランスを調整する力は、最終的には自分で努力してつけていくしかないのですが、ひとりだとどうしても偏ったままになってしまいがちです。勉強会は、私にとっては、それを矯正してくれる(少なくとも矯正を助けてくれる)場がであるように感じています。そう考えると、これからも決してラクな場所ではあってほしくないと思ってしまうのです。

公開勉強会を開催したことで、「翻訳のための要約」を(資料という形で)再確認し、自分の欠点を見つめ直すことができました。
そして、これからも翻訳力を磨き、少しでも理想とする訳文に近づきたいと改めて思いました。
公開勉強会は、私個人にとっても、とても実り多い勉強会でした。

最後に、自戒、ということで書いておきます。
このところ、ひと前に出たり、ブログ管理人と本人が結び付けられたりする機会が増えてきました。そうすると、実力以上の人に見られることもあって。
私は、「きちんと丁寧に仕事をする」以外は平均的な翻訳者で、特に「これは!」という秀でた訳文が書けるわけではありません。一を聞いて十を知るということもないので(最終的に十は知るとしても、めっちゃ時間が掛かったり回り道したり、何度も同じことを聴いたり読んだりしてからです)、少し学べばあとは自力でグングン伸びていくというタイプでもありません。
でも、褒められてばかりいたら、この先「自分デキる人だよね」と錯覚してしまうことがあるかもしれません。
そこを勘違いしないよう、これからも謙虚な気持ちを忘れず、基本「そこそこ頼れる裏方」として過ごしていきたいと思っています。
2018.11.11 23:46 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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