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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。


ご参加くださった皆さま、足もとの悪い中ありがとうございました。

いつものように空調があまりよろしくなかった(いくぶんかは参加者の皆さんの熱気ですが)以外は、特に問題なく滞りなく、懇親会まで終了することができました(と信じてます)。
これもひとえに、講師のT橋(あ)さん、適宜合いの手を入れて場を盛り上げてくださった参加者の皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。

マイク回しの重責を担っていたこともあり、一番後ろから拝聴させて頂いておりましたが、食いつくように身を乗り出して聴いてくださっていた方が何名もおられ、無理を言って来て頂いて本当によかったと思いました(ご本人は二つ返事で来阪を快諾してくださっていまして、問題は日程調整だけだったんですが)。

半日楽しく講義を聴いていただき、何かしら(何かひとつでも)得るものがあったと思っていただけたとすれば、運営としてこんな嬉しいことはありません。
まあ、一番楽しんでおられたのは、おそらく「サブカル用正装」(東京編ではこれを忘れられたのですが、それを今でも「痛恨のミス」と悔やんでおられます)で登壇された講師ご自身だったと思いますが。


基本、東京編と同じ流れでしたので、全編、個人的にはかなりリラックスしてお話を聞いておりました。
以下に一聴講者としての感想を少し。


全体は大きく「サブカル以前」と「サブカルチャー」の2部構成で、その間に、いわゆるサブカルが生まれた土壌についての話が挟まれます。
「サブカル以前」では、主に、聖書、シェイクスピア、マザーグースについて、基本的な内容の説明と課題や例題の解説があり、参考書籍も紹介されます(昨年末に出版された聖書協会共同訳をご持参くださったので、実際に中身を確認することができまして、先ほど自信を持って「ほしいものリスト」から「買い物かご」に移動させました)。東京編では端折られた、アリス、オズの魔法使い、聖杯伝説(はあったっけ?)についての言及もありました。
その後、サブカル誕生の背景について簡単な説明があり、いよいよ、帽子屋さんの面目躍如、怒濤のサブカル紹介に突入です。スタートレック、スター・ウォーズ、Monty Phtyhon、指輪物語、銀河ヒッチハイクガイドなどなど。
旧約聖書の時代から遙か未来のSFや異世界ファンタジーまで、時空を駆け抜けた4時間でした。

前にも書きましたが、私は仕事ではこうした「引用」に遭遇することはありません。でも、好んで読んでいる医療系のノンフィクションでは、「むむ、もしや」というものに遭遇することも少なくありません。つい最近も、先輩医師の処置の手際が「Jedi Master」と表現されている場面に出くわしました(引用ではなく捻りもなく「まんま」ですが)。ですから、楽しみで洋書を読むためにも、知っていて損はない知識だと思います。それに、たとえば、今後少し仕事の手を広げたときに遭遇しないともかぎりません。
「サブカル以前」はそこそこ馴染みがありますが、SWは途中脱落だし、STは未見だし、パイソンやヒッチハイクガイドはどちらかといえば苦手、指輪物語よりリフトウォーサーガ(注:引用されるほどメジャーではありません)というワタクシですが、何度か帽子屋さんのお話をお聞きするうちに、「これも読んどかなきゃ(見ておかなきゃ)」ではなく「もうちょっとコレ読みたい(見てみようかな)」という気になりつつあります。話の上手い方が(聞き手を置いてきぼりにしない程度に)題材愛全開で語られる講義ほど面白いものはないと実感しました。

さて、今回は、東京編より少し時間が長かったこともあり、「引用を翻訳にどう活かすか」「翻訳するのかしないのか」などについても、帽子屋さんのご意見ややり方を伺うことができました(この部分は、若干尻切れトンボに終わった前回より発展した部分ではないかと思います)。
ざっくりいえば、やり方としては、「普通に訳した場合も引用を活かした訳にした場合も、引用元の説明コメントをつけ、最終判断はクライアントに任せる」ということになるのかなと思います。
引用を活かして遊ぶのか無難に訳すのかは、最終読者を勘案して決めるとも。ただ、読者だけを見ていても駄目なのかなという気もします。
前回の報告で、私は

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実は、私は、「日本の読者が読むのだから、日本語に似たような引用があれば、それを使ってもいい場合もあるのではないか」と考えていたのですが、その点については、原文の世界観が変わってしまうような訳語を用いるのは望ましくないのではという回答があり、ナルホドと思いました(それはそれとして、日本文化についても、もっと知っておかなければならないという思いを新たにしたのでした)。
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と書いています。読者の存在ばかり考えるあまり、原著者の意向や原文が書かれた背景を忘れることがあってはならないのではないかと。だから訳が変わってくるかどうかはまた別問題ですが、翻訳者としてのあり方としては、そういう姿勢を忘れてはならないのではないかと思いました。

「引用」に対する意識も、日本と英語文化圏では大きな開きがあるような気がします(あくまで個人的な感想ですが)。

たとえば、今回の課題に「All Our Patent Are Belong To You」というタイトルがあったのですが、これの元になっているのは、有名なインターネットのミーム「All Your Base Are Belong To Us」です。Your BaseがOur Patentに、UsがYouに変わっていますが、英語圏の読者なら「ああ、あれね」とピンとくる人も多いかもしれません。これは単語の置換えによるもじりがしやすい英語ならではの引用のやり方のような気がします。聖書という共通の拠り所があるということが、引用が多用される背景のひとつとしてあるのではないかというお話がありましたが、単語置換によって連想しやすいもじり句をつくりやすいということも、ひとつの理由としてあるかもしれません。逆に日本語は同じようなもじりがしにくいように思います(あくまでも、漠然と考えていることです<念のため)。そういう意味で「もじり引用」に対する意識自体が低いといえるかも。
実際の翻訳では、場合によっては日本的な言葉遊びなども駆使して翻訳していくことになるでしょうが(講義の中で、言葉遊びに関する書籍などもいくつか紹介されました)、そうした場合に、(文章の内容や著者の引用意図の強さにもよるかと思いますが)「元の句をもじったよ」という著者の意図をガン無視し、発想や世界観を日本的にしすぎてしまわないように注意しなければならないのではないかと、ふと思いました。
そんな、本筋とはあまり関係ないかもしれないことを延々と考えるのも、楽しかったりしたのでした。

...の前に、ワタクシ的には、もう少し広く浅く、英語圏の文化やサブカルチャーを抑えておく必要がありますが。


いつものように、フォーラムさんが、セミナーで紹介された書籍をまとめてくださっています。参加された方もされなかった方も参考にして頂ければ。
(2回のセミナーの紹介書籍のまとめです。「東京編」で紹介され、大阪では割愛されたものもあるのでご注意ください。)
http://fhonyaku.blog.jp/archives/77115808.html
2019.01.23 00:43 | 大阪でもレッスン2019 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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