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屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

そんなわけで、10席分の追加募集も満席となりました。
ご参加の申込みをしてくださった皆さま、本当にありがとうございました。

当日の受付やキャンセルポリシーなどは「翻訳を勉強する会」公式ブログで連絡させて頂いております。
申込み画面にも記載している内容ですが、念のためご確認くださるようお願いいたします。
https://osaka-lesson.studiokoala.com/2019/02/01/full-lesson-in-tokyo-0303/

また、大阪事務局から、参加者全員に課題を連絡するメールをお送りしました。
万一届いていないという方がおられましたら、お手数ですが大阪事務局までご連絡ください。
(Passmarketからのメールを受信しない設定になっていないかどうか今一度ご確認ください)


で、ここからは、自称私設管理人第1秘書の非公式のひとりごととして読んでくださいませ。

今回、参加の動機として「少人数参加型の勉強会に惹かれた」というものがありました。
...しかしながら...
東京事務局さまのご尽力により、当日、欠席がなければ、出席者は50名を超える予定です。
これだけ多くの方に少しでも「参加した」感を抱いて頂くにはどうすればいいか、これから、東京事務局さまのお知恵もお借りしながら、考えていきたいと思っています。少しでも「楽しい翻訳勉強会」にできるよう、大阪事務局一同、知恵を絞りたいと思います(と言いつつ、内心はどうやって背景の一部と化そうかと考えていたりするのだった)。

当日は、学習中の方から、仕事として翻訳を始めて年数の浅い方、大ベテランの方まで、翻訳年数も翻訳分野も本当にさまざまな方がご参加くださいます。
そうした大ベテランの方もこの記事を読まれるかもしれないと思うと筆も止まりがちなのですが、以下に、ワタクシが課題とどう戦ったか(<大げさ)を書いてみたいと思います(ワタクシたちは来週ひと足先に斬合いをやるので、明日が訳文提出の締切りなのです)。皆さまが課題に立ち向かう際の参考にしていただければ。
(要約については、これまでの勉強会ブログでも触れていますし、当日、管理人さんの方から説明があると思いますので、特に触れません)

課題を読んでまず思ったのは「何これ、分からへーーーーん!!」
課題を一読して「?」マークが浮かんだ方、それは決してアナタだけではありません。

とりあえず時代背景を調べ、著者がどんな人なのか、Google検索で当該エッセイに関する記述がないか(英語)を調べてみます。
(ワタクシたちは12月の勉強会(要約回)からこのエッセイに取り組んでいて少し時間もありましたので、著者の作品も読んでみましたが...やっぱりよく分かりませんでした)

そうして、単語を調べながら二度三度と読み返すうちに、若干表現がくどいヒトであることや、文章自体はそんなに難しいものではないことが分かってきます。英文法も調べ、辞書引きの際には、単語によっては1913年版のWebsterも確認しました(この版は、EPWING版があり、そちらについては、帽子屋さんがとても丁寧な記事を書いてくださっていますので、リンクを張っておきます。ワタクシはEPWING版を見ることもありますが、Onelook.comで表示される1913年版を見ることが多いです)
1913年版のWebster辞書

...でも、著者がいいたいことがよく分からない。いや、結論はおぼろげに分かるのですが、パラグラフ単位で読んだとき「何が一番いいたいのか」「パラグラフ内でどう話がつながっているのか」が分からないパラグラフがたくさんありました(そして、それはもちろん、ひとえにワタクシの読解力不足のせいには違いないのですけど)。

で、とにかく読み、考え、悩み、いったん忘れ、戻ってきてまた悩みました。その頃には「『in 東京』の課題はこれでいこう」という話で固まりつつありましたので、手を抜くことはできません(泣)。そして、とりあえず自分なりに解釈して(全然自信なかったけど)要約を行い、勉強会(12月)に臨みました。そうしたら、勉強会の中で、管理人さんの「このパラグラフで一番いいたいのはこの部分ですよね」というひと言にすべての謎が氷解した瞬間があったのです(それとも、そう錯覚しただけかもしれないんですけど>それは、たぶん、当日明らかになると思います)。
内容について悩んでいる時間は要約の方がずっと長く、「流れを間違わないように」と考えながら進めた翻訳は、「訳語どうしよう」が難しくはありましたが、要約ほどには難しくありませんでした(<いや、それも錯覚なのかもしれませんが)。「翻訳のための要約」がきちんとできれば、それなりの自信をもって訳し進められるということを実感したような気がします(当日、「それでこの訳文かよ」という感想は自分の胸の内だけに収めていただければ大変ありがたく)。

ということで、今、課題を前に唸っている方がもしおられたら、時間の許すかぎり悩んで、間違っていてもいいから「こうじゃないか」と自分なりに解釈してほしいと思います。それが間違っていても全然かまわない(実際、ワタクシの要約の解釈も的を外したものでした)。悩んだ分、当日「あ」というまさに目からうろこの瞬間があるかもしれません。「正しいものを持っていかなくてもいい(そもそも、正しいただひとつの解釈などないかもしれません)、たくさん悩んで考えた結果を持っていく」というのが、私たちの考える勉強会のあるべき姿ではないかと思っています。そして、皆がその結果を出し合う(公開勉強会ではそこまではできないと思いますが)。

どうやって戦ったかの内容が「悩み考える」かよー、詐欺かよー、と思われたら申し訳ありません。でも...

そうやって、苦しんで課題に取り組んでから仕事に戻ると、明らかに原文の読み方が変わっているのを感じます。ひとつひとつは「もっと英文法に気を配る」とか「動詞の態に気をつける」とか「単複をないがしろにしない」とかちょっとした心掛け的なものなのですけど、この1年で、そうした気配りが少しずつ増えてきたような気がします(でも、それでもまだまだなんですけど)。
けれど、仕事に追われているうちに、自分の中でそれらがまた少しずつないがしろになっていく。それくらいのタイミングで、また次の勉強会がやってくる――(あくまで自分の場合ですが)毎月の勉強会は、よいリセットにもなっているような気がします。
短期間でぐんぐん力をつけていく方もおられるでしょうが、ワタクシのように常に悩みながら行きつ戻りつされる方も多いことでしょう。そういうワタクシのようなタイプには、「翻訳を勉強する会」のような、ある程度自分を追い込まなければならない形での継続する勉強会が大きな助けになってくれるのではないかと思います。厳しさを保つっちゅうのもなかなか大変ですが。
でも、ときどき書いていますけど、ワタクシたちが1年続けられたのだから、誰だってやってやれないことはない。こうした勉強会が、今後も生まれ育っていってくれたらいいなと思っています。


ご参加の方、当日は仲良くしてやってね。
2019.02.02 15:37 | 勉強会 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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