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2019. 08. 08  

ツイッターを意識して下書きをしていたら、連投するにしても長くなりすぎてしまいましたので、独り言的に。

「翻訳を勉強する会・番外編」について書かれた井口さんのブログ記事に、「普通に訳してから相互検討を通じて仕上げたあと、方向性を変え、たとえばかた~く訳す、柔らかく訳す、人間中心に訳す、人のにじみを極力抑えて訳すなど、何種類も訳文を仕上げてみる」という一節がありました。
http://buckeye.way-nifty.com/translator/2019/07/post-622beb.html

はじめて読んだときは、「ああ、これスタイルの違う訳文をつくる勉強になるな」と思ったのですが、何度か読み直したり自分でも考えたりするあいだに、こうした「違うタイプの訳文」をつくるとき、「なぜその方向で訳すのか、そこではどんな読者をイメージしているのか」も併せて考える必要があるんじゃないかと思えてきました。「いや、それ、考えるのあたりまえでしょ」と言われればそれまでなんですけど。

たぶん、「スタイルを変えて」という指示があると、私はきっとそのことだけを意識してしまうと思うんですよね。だいたい、言われたこと(だけ)に意識が向いてしまうヤツなので。見た目「かたく」とか「やわらかく」というのは、選択する語(句)を変えるという小手先の技術だけでも、それなりの形にはできるような気がします。でも「なぜそれをするのか」を考えながらやると、もう少し大きく変える必要のある部分がでてくるかもしれない。さまざまな訳文をつくるという練習も、そこまで考えて取り組んではじめて上達できるんじゃないかと思ったわけです。「や、それ、当然でしょ」と思われた方は、たぶん、私の2倍速、3倍速で成長していかれる方なんだろうなと思います(うらやましいです)。

そんな私ですが、数年前は、文体とか著者の意図などを、もっとふわっと考えて、ふわっと訳していたと思うんですよね。仕事以外の一般的な文章(エッセイなど)ということですが。その頃から考えれば、さまざまな視点からいろいろなことを考えられるようになった分、小さな進歩かなと思うことにします(←自分に甘い)。考えたことを結果として出すのは、本当に、とてつもなくむずかしいんですけど。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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