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2020. 08. 31  
「ノンフィクション出版翻訳の素晴らしき世界~
その特徴と制作の流れ、翻訳者に求められるもの~」(児島修)

 産業翻訳者から出版翻訳者に転身された児島修さん。15年のあいだに55冊の書籍を翻訳なさったそう。
 苦労もあり大変だが、やりがいを感じながら楽しく仕事をしていると話す児島さんからは、「翻訳が好きだ」という気持ちがダイレクトに伝わってきて、聴いているこちらも清々しい気持ちになります。

 セッションは、ノンフィクション翻訳とはどのようなものかに始まり、児島さんがノンフィクション翻訳を楽しいと考える8つの理由が述べられ、続いて制作の流れが簡単に説明され、まとめ的に日頃心がけていることや良い翻訳をするために必要なこと、ポリシー等への言及があり、Q&Aに進む――という流れでした。
 心に残った内容を、私見を交えて書き留めておきたいと思います。

 まず、ノンフィクション翻訳の定義から。「小説以外のあらゆる本」と定義されます。サブジャンルは多岐にわたり、複数ジャンルをカバーする翻訳者も多いとか。児島さんも仰っていましたが、専門知識や経験を活かしやすく、産業翻訳からは参入しやすい分野なのかなという印象を受けました(とはいえ、興味のある方はやはりノンフィクションについて学んだ方がいいのかなと、個人的には思います。私も「書籍の翻訳ってどんな感じなんだろう」という興味から、半年間の通信講座で学んだり関連書籍を読んだりしました。結局「著者の意図を伝えるという基本の部分は同じなのだ」というところに還ってきたのですが、言葉の選び方、訳し方、表記などについて学ぶことも多かったと感じています)。

 訳しているときは「著者になりきって訳」されるそうで、これは「著者が日本語で書いたならどう訳すかを考えながら」を別の言葉で表現したものと言えるかもしれません。
 かつて産業翻訳もされていたということで、産業翻訳との違いをスッキリと表にまとめて示してくださいましたが、出版翻訳は「自分の後ろにはだれもいない、自分が最終責任者だと考えている」という言葉が心に残りました。産業翻訳でも確かに「これが今の私の100点」と思う訳文を提出するわけですが、心のどこかに、チェッカーさんがチェックしてくれるという気持ちがあるのは事実です(私が主に取引している翻訳会社では、2回のチェックが入るようです)。出版翻訳では、編集者・校正チェックはありますが、それは訳文と原文を付き合わせての確認ではありません(と理解しています)。「訳書に名前が載る」ということの(少し言葉は悪いですが)代償というか責任なのかなと思いました。支払い形態等その他の違いについては割愛します。

 読者層に応じて文体やスタイルを柔軟に変えていく引き出しの多さが求められる、というところでは、ご自分の訳書の一部を見せてくださいましたが、柔らかいものから固いものまで変幻自在だなあと感じました(ただ、すべては無理なので、自分にあったものを磨いていけばよいということも仰っていました)。
 日本の読者にうまく伝わるよう、自分から日本版独自の小見出しを編集者に提案したりもするということでしたが、言葉の端々から馴染みの編集者の方と良い関係を築いて仕事をされていることがうかがえました。

 「楽しいと考える8つの理由」で挙げられた理由の中からいくつか。
● 「好き」に出会える、「好き」を活かせる→これは「翻訳者のなり方・続け方」で言及のあった「1時間語れるものがあるか」とも関係していて、自分の「売り」にもなるかもしれないと思います。
● 翻訳者の人生に無駄なものはない→同業の先輩の中には、こういう発言をされる方が結構おられます。それを「成功したからそんな風に言えるのだ」と片付けてしまうことは簡単ですが、大事なのは、そういう考え方でものごとに対処するという姿勢なのではないかと感じています。
● (著者の人生を生きられるような気持ちになるのが楽しいというところから)著者の顔写真を壁に貼り、この人だったら日本語で何と言うだろうかと、写真を眺めながら考えるそうです。
● 読者に喜んで貰えるのが嬉しい(本の表紙に名前が載る喜びはそうたいしたものではなく、それより読者から高評価を貰えることの方がずっと嬉しいそうです)。

 次いで話題にされた「制作の流れ」では、リーディングにも言及がありましたが、ノンフィクション翻訳に興味がある方は(リーディングをする/しないに関わらず)、リーディングの講座も受けておかれた方がいいのではと思います。私は、リベルのリーディング講座(通信、現在はもう募集しておられないかもしれません)を受講しましたが、企画書を書くにあたっての自分の長所と欠点を的確に指摘して貰えたと思っています(オマエ、この先、企画書を書く機会が訪れるんかという点は、ちょっと脇に置いておいてやってください)。批判的に読むことやマーケットにおけるその本の位置づけを俯瞰的にみる姿勢なども教えていただきました。「読んで面白い、日本の読者にも読んでほしい」がすべてなのかもしれませんが、客観的な視点をもつことも大事かなと思います。書籍では、文芸(フィクション)翻訳になりますが、『文芸翻訳教室』(越前敏弥)にリーディングとシノプシスの書き方についての言及があります。

 「良い翻訳をするために必要なこと」では、ベースとなる言葉(英語・日本語)の力、培った言葉の力をうまく原文から訳文へのアウトプットに結び付けられる翻訳技術、モチベーションと体力・自己管理能力が挙げられていましたが、これは、どんな分野の翻訳にも当てはまることかと思います。

 続く「ノンフィクション出版のポリシーでは、読者の方を向く、素の部分を大切にするなどいくつかの点が挙げられましたが、ここでは、TLで「…上手く伝わっていない?」と思われた部分にのみ言及しておきます。「訳しにくい3%」の部分。セッションでは、尊敬する映画監督の「(なんでもない)ありきたりのシーンを撮影するのが一番難しい」という言葉を紹介され、そこから「翻訳でも、難しい駄洒落(を上手く訳したり)やI Love youを『月が綺麗だね』のように訳すのが上手いと思われがちなところがあるが、それ以外の平坦な97%を明晰に、リズミカルに、心地良く、伝わりやすく、癖がない訳にすることが一番大切ではないか」と続けていらっしゃいました(確かにスライドには『訳しにくい3%』という記載がありまして、「訳しにくい」という表現が一人歩きしてしまったのかもしれません)。私は、どちらかというと「よっしゃ、ここは上手く訳したるで」と意気込む箇所以外の部分も大切に訳すことが重要だと仰っているように聴きました。そのためのテクニックのひとつとして示されたのが、「文を短くする」ということ。パラグラフ毎に「このパラグラフをあと一行削れないか」という目で見直されるそうです。
 ノンフィクション翻訳の辛いところや、児島さんの考えるノンフィクション翻訳者の使命など、まだまだお話は続きましたが、私も書き疲れてきたので(笑)さくっと割愛。最後に、「先輩翻訳者の話をたくさん聞いて、先輩翻訳者の訳書をたくさん読んでください」と仰っていたことだけ付け加えておきます。
 そうそう、児島さんが、読むだけでなくAudibleで原書を繰り返し聴かれるということには言及しておかなければ。勉強手段としてももちろんですが、なにより著者の肉声(著者自身が読んでいることも多いのだとか)を聴くことは、翻訳にとても役に立つのではないかと思います。いつだったか、児島さんが「何度も何度もAudibleで聴いてから翻訳に入る」というようなツイートをされていて、とても心に残ったのを覚えています。


 最後にQ&Aからいくつか。
● リーディングから刊行までのリードタイムに関する質問(その間に鮮度が落ちてしまうのではないか)があったと記憶していますが、(あくまで私見ですが)「鮮度が多少落ちても読者が読みたい本か」「長い期間読んで貰えそうな本か」といった視点から原書を評価することも大切ではないかなあと思いました。もちろん、書籍の種類や内容にもよると思いますが。
● 自分にはどうしても合わない書籍の依頼がきたらどうする? → この点については本編の中でもお話があったのですが、自分には手に負えないと思ったものは断るけれど、少しでも「どうしようか」と悩むものは積極的に受けられるそうです(このあたりは個々の翻訳者の考え方かなとも思います)。面白く訳せるかどうかの「面白い」の部分を積極的に探されるという印象でしたが、同時に「『面白くない』と思いながら仕事をするのは、本にも出版社にも著者にも失礼だ、だれも幸せにならない」というようなことを仰っていたのが心に残りました。
● 自分の訳書で一番心を奪われた本は?→ 『シークレット・レース:ツール・ド・フランスの知られざる内幕』(タイラー・ハミルトン、ダニエル・コイル著)だそうです。読みたくなっちゃいますよね!

 ノンフィクション翻訳についてまとまったお話を聞いたのは、これがはじめてでした(たぶん)。考え方と制作の実際がうまくブレンドされていて、とても面白かったです。ありがとうございました。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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