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2020. 09. 03  

「通翻フォーラム2020」のトリを飾る越前先生のセッション。表題のとおり、課題文の翻訳を解説する「文芸翻訳のツボ」と出版翻訳の現状やその中での先生の取組みを語る「出版翻訳の現在」の二本立てです。越前先生のお話を聞くのははじめてでしたが、喋り慣れておられるのでしょう、適度に「間」が挟まれ緩急もあり、まるで対面講義を受けているようにスムーズにノートをとることができました。

「文芸翻訳のツボ」

 課題の解説に入る前に「文芸翻訳で大事なこと」4点の説明がありました。

1 わかりやすさと歯応え(わかりやすさは大切だが、著者の意図によってはわかりやすくしすぎてもいけない場合がある)
2 だれの視点か(一人称なのか、三人称なのか、三人称の場合は主人公に近いのかいわゆる神の視点なのか、物語がきちんと読み取れているか)
3 読者が映像を思い描けるか(翻訳フォーラムの「同じ絵が描けるか」とだいたい同じ、原著のイメージをそのまま再生できるか、文芸のみならずどんな翻訳でも大事)
4 つまるところ、おもしろいか(著者の狙いをきちんと伝えられているか)

 これらを踏まえて、事前課題2題の解説がありました。課題はフレドリック・ブラウンとオー・ヘンリーの短編から。

 個々の解説は割愛しますが、「文芸ホントに難しい」というのが正直な感想です。自分は本当に読めていないなと思いました。時間がなかったというのは言い訳になりません。上手く訳せるかどうかは別として、わかる人には「ここがこうなっとるのがキモやな」というのがすぐにわかると思うのですよ。そういう「読み取る」力が自分には欠けているのかなあと思いました。産業翻訳でよく扱う論文や報告書では、「こういうストーリーでコレコレを伝えたいのだな」ということはさほど労せず読み取れると思うのですが(確かに、普段の翻訳では、今回の課題に登場したようなちょっとイジワルな視点やわかりにくさを強調する視点といったものにはお目にかからないですが)……それが、ある程度の「慣れ」の問題だとすると、考えながら訓練を続けることで「読み取り」勘は(多少なりとも)養われるのだろうかと、このレポートを書きながらちょっと考え込んだりしています。
 解説では「ナルホド」「おおそうか」という言葉がこれでもかとばかりに繰り出されましたが(注:個人の感想です)、一番心に残ったのは「全体として短ければ短いほど(言葉は)力をもつ」という言葉です(言い方は違いますが、ノンフィクション翻訳の児島修さんも同様のことを仰っていました)。
 越前先生の解説を聞くのははじめてでしたが、けっこう厳しい批評をなさるのだなと。悪い意味ではありません。そんな風にときに酷評されても食らいつき少しずつでも上達する人が、結局最後まで残るのだと思います。
 (自分が俎上に上がらないということもあるかもしれませんが)一日でも聴いていたいと思えるようなお話でした。

 「文芸翻訳のツボ」編の締めとして、「自分にもまだ文芸翻訳は体系化できていない」として、文芸翻訳を一番よく言い表した言葉ではないかと思うと、『ねみみにみみず』から東江一紀さんの言葉を引用されました。(スライドには91頁とありましたが、探してみましたら149頁「金科玉条」の項に書かれていました。本書をお持ちの方は該当する項を読んでみてください。)


「出版翻訳の現在」

 セッションの紹介に「いささか生々しい内容」という煽り文句(笑)がありまして、始まる前からドキドキしたというか期待したというか(笑笑)。
 実際は、よいものも悪いものもさまざまなデータを示し、私たち一人一人に今後の進み方を委ねられた――そんな風に感じました。

 書いても大丈夫かな、と思う範囲で内容を少し。
● 越前先生が文芸翻訳(長編)の仕事を始められたのは1999年ですが、翻訳のみで食べていけるようになったのは2004年(『ダ・ヴィンチコード』)以降だそうです。
● 報酬の支払い方法について説明がありました。印税方式と買取り方式があることくらいしか知らなかったので、大変参考になりました。
● 文庫一冊の収入の変遷(往事vs現在)には、予想されたこととはいえ、やはりため息が出ました。今後は、もしかしたら、兼業時代に戻り、本当にやりたい人(というのは、淡い憧れではなく「自分の手で訳し紹介したい」という強い思いがあり、厳しい現実を直視した上で「それでもなお」という気持ちがあり、食べていく手立てがある/作り出すことができる人あたりを言うのかなと想像します)だけが文芸翻訳をやる厳しい時代になるかもしれない、とも述べられました。
● そんな中で、翻訳者自らが著者にかけあって版権を取得し翻訳書を出版しようとする動きがあることを紹介。
● コロナ禍の影響については、他の業界に比べて少ないように思う(Stay Homeと読書は親和性が高かった)とのことですが、書籍の売れ行きは今後の景気にも左右されるだろうとも。
● 「出版翻訳の人間として触れておいた方がよかろう」と「だれでもプロになれる」講座に対して注意喚起。

 まとめとして、文芸翻訳者の心得10項目が提示されました。「ひと言でまとめると『プロとしての自覚を持つ』ということです」。その多くは、翻訳する者すべてに当てはまるものですが、出版翻訳に特徴的だと思えるのが、「翻訳書の読者を増やすために、自分なりにできることをする」という項目。だいたい2010年頃を境に「翻訳者が翻訳だけしていればいい時代は終わった」と考えておられるそうです。
 私なぞ、もしもそういう(訳書が出版されるような)立場になれば、気後れしてだんまりになってしまいそうな気もしますが、よく考えてみれば、「こんな面白い本があります」ということを積極的に発信していかなければ、売れるものも売れないかもしれないですよね。そして、これは以前どなたかも仰っていたように思いますが、日本でその本の面白さを一番よく知っているのは翻訳者に他ならないはずです。自信をもって宣伝するためには、力をつけ、よいものをつくらなければならない――と結局はそこに帰着するのかな。
 「自分なりにできること」として越前先生が実践しておられる「全国翻訳ミステリー読書会」「はじめての海外文学フェア」「読書探偵作文コンクール」の活動が紹介されたところで、ちょうど時間になりました。
 締めの言葉は「翻訳とは愛です」。
「花を愛するということは、綺麗だと愛でることではない。その花を一日でも長く美しく保つために水を遣ったり肥料の勉強をしたりするのが花への愛だ。翻訳にたとえてみれば、原著を読者に紹介するために、調べものをしたり技術を磨いたりすることが、花を育てる愛に相当するのではないか」(「花を愛する…」以下は、アーカイブ視聴にて要約したものです)
 
 出版翻訳という産業翻訳とはまた少し違う世界の話です。翻訳に対する基本的な姿勢など共通する部分も多々ありますが、正直「(まだ)よくわからない」ことも多い。
 ただ、これまでいくつかのセッションを聴いてきて、今この時代において「揺るぎない力をつけること」と「座して何かを待つのではなく機を見てみずから動く(もちろん目的を見定めて動くわけで闇雲に動いてもよい結果にはならないかと思いますが)」ことが大切なのではないかと感じました(あくまで個人的な感想です)。

 どれも素晴らしいセッションばかりでしたが、越前先生のセッションはトリを飾るにふさわしい内容だったと思います。
 司会進行役を務められた蛇川さんの、一歩引いて登壇者をサポートする進行振りも光っていました。落ち着いたお声も素敵で、私は今回のフォーラム月間ですっかりファンになってしまいましたよ。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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