FC2ブログ
2020. 10. 30  

 このたび、勝田さよの名前で原井宏明先生との共訳書『患者の話は医師にどう聞こえるのか――診察室のすれちがいを科学する』(ダニエル・オーフリ)がみすず書房から出版されることになりました。私の持ち込み企画です。
https://www.msz.co.jp/book/detail/08951/

 初訳書が翻訳したい本だったというのは、とてつもなく幸運なことに違いありません。

 とはいえ、それは(もちろんいくつもの幸運が重なった結果ではありましたが)「近くに転がってきたものを掴みとった」ものだと思っています。前編には、出版に至った経緯を記すことにします(どなたかのなにがしかの参考になるかもしれません)。


 この本は、もともと音読用に購入したものでした。洋書を音読する習慣は、駐妻として滞米時に「少しでも滑らかに喋ることができれば」と始めたものですから、もう20年以上続いていることになります。日本に帰国してからは医薬翻訳の勉強も兼ねてとテキスト類を音読していましたが、どうも面白くない。そこで、10年ほど前からは医療系のノンフィクションを読むようになりました。おもにAmazon.co.jp(洋書)で探して購入しています。書店や図書館で背表紙を読むのが大好きな私にとって、そうやって面白そうな本を探すのも至福の時間でした。数年前からは、未訳で面白そうな本を選び、「日本の読者も読みたいと思うだろうか」を考えながら読むようになりました。
 『患者の話は医師にどう聞こえるのか』の原書”What Patients Say, What Doctors Hear”(Danielle Ofri)は、2017年の末に購入したものです。すぐに「面白い」と思い、音読で数ページずつ進めるのがもどかしく、途中から黙読に切り替えました。医療従事者や医学生がおもな対象読者ですが、それ以外の読者にも思い当たることが多々ある内容だと思いました(そのあたりは、「後編:どんな本なのか――私的あとがき・のようなもの」で少し触れたいと思います)。この本を出版社に繋ぐことはできないだろうか。

 その2年ほど前、私は”Being Mortal”(Atul Gawande)を手に取りました。老いや病気で死を前にした人に対しまわりの人間や医療従事者は何ができるかを、医師が自分の体験をまじえて綴った上質の医療ノンフィクションで、「この本は絶対長く読まれ続ける」「だれか訳してほしい」と強く思いました。同時に「今頃だれかが訳しているに違いない」とも。
 その勘は当たっていて、”Being Mortal”は2016年6月に『死すべき定め-死にゆく人に何ができるか』(原井宏明訳)という邦題でみすず書房から出版されました。訳書の出版を知らせる原井先生のブログ記事を見つけたのはほんの偶然でした。その記事に”Being Mortal”を読んだ感想を書き込んだことがきっかけで、最初はブログ記事のコメント欄を通じて、その後はメールで、さらにはSNSでも先生とやり取りするようになりました。そして「一度お会いしましょうか」という話になり(先生は私が関東在住だと勘違いしていらしたようです)。ちょうど翻訳フォーラム・シンポジウム(2018年5月)で上京する少し前のことでしたので、シンポジウムの前日にお会いするという話になりました。
 先生にお会いしたとき、私は面白そうな洋書があると”What Patients Say, What Doctors Hear”を紹介しました。「でも版権があいているかどうか分からないんです」。実は、Danielle Ofriの前著”What Doctors Feel: How Emotions Affect the Practice of Medicine”は『医師の感情:「平静の心」がゆれるとき』(堀内志奈訳)という邦題ですでに医学書院から出版されており、”What Patients Say, What Doctors Hear”もすでにどこかの出版社が版権取得済みで翻訳が進んでいるという可能性も決してゼロではなかったのです。先生は、担当編集者に聞いてみましょうと請け合ってくださいました。
 そしてなんと1週間後には、先生から「版権あいています。一緒に訳しますか」というメールが届いたのです。仕事に関連する部分があると興味をもたれ、すぐにみすず書房の担当編集者である田所さんに聞いてくださったようでした。私は正直「先生、あの話覚えていてくれたらいいな」くらいの気持ちでしたので、この話の急展開に震え上がってしまいました。自分で翻訳したいという気持ちがまったくなかったと言えば嘘になります。でも、自分にそれだけの力はあるのだろうか。誰か私の実力を客観的に判断できる人に相談したい。

 その2年ほど前(<こればっか)、私はフェローアカデミーのノンフィクション講座(通信)を受講しました。出版翻訳にシフトしようという強い気持ちがあったわけではありません。その少し前から、よくも悪くも「慣れた」医学分野の文章以外の翻訳を学んでみたいという気持ちはありましたが、尊敬するI先生が講師をされるという点が受講の決め手になりました。講座の期間は6ヵ月、成績優秀者はすぐにも仕事ができるレベルと判断される「クラウン会員」に推薦されるのですが、もちろんそれにはかすりもせず、中の上の成績のまま講座を修了しました。I先生なら、私の力を客観的に判断してくださるに違いない。幸い、先生には講座修了後に別の翻訳セミナーでご一緒する機会があり、「困ったことがあれば何でも相談してください」という言葉をいただいていました。私はその不用意な社交辞令(笑)に賭けようと思いました。
 そこで、具体的なことはすべてぼかした上で、先生宛に長い相談メールを書きました。事情を説明したあと「編集の方も私の翻訳力に不安があるに違いないから、こちらから企画書作成と試訳の提出を提案しようと思う」と付け加えました(原井先生からのメールの時点では翻訳の話は口約束のみでした)。翌日には返信があり、祈るような気持ちでメールを開くと、最初に「共訳の件、大丈夫です。おやりなさい」と。「あなたにはまだ無理」と言われてもそれまでと思っていましたから、そのときの私の気持ちは――きっとこの気持ちを「第七天国にいっちまった」と言うのでしょう。
 とはいえ、いつまでも舞い上がっているわけにもいかず、実際的な話を進めていかなければなりません。みすず書房の田所さんにシノプシスと試訳を提出したい旨をお伝えすると、とりあえずシノプシスを書いてほしいと連絡があり、私は実務翻訳の合間を縫ってはじめてのシノプシスに挑戦することになりました。

 ノンフィクション講座を受講していたその同じ時期、私は並行して(株)リベルの「仕事につながるリーディング」という講座(通信)を受講していました(不定期の講座で今は開講されていないようです)。半年間に課題図書1冊、自由図書1冊を読んでレジュメに従ってシノプシスを作成して送ると添削してもらえる、というものです。「ノンフィクション講座を受講したのだからついでに勉強しておこう」くらいの気持ちでした。2冊とも「あらすじが短すぎる(これでは編集者の興味を引かない)が、所感部分は客観的な考察もありよい」という添削結果で、自分の弱点が分かりました。そうか、あらすじはもっと詳しく書くのか。
 というわけで、この講座のレジュメと『文芸翻訳教室』(越前敏弥)のリーディング関連の記述を参考にシノプシスを書き上げました。それが7月末のこと。翌月の企画会議にかけられるということでした。会議の前に「最初の数ページを訳してほしい」と言われ、すでに用意していたものを提出。「できあがりページ数を概算したいので」とのことでしたが、出版社としては、本当に翻訳を任せても大丈夫かどうかも確認したかったのかもしれません。出版企画は会議で無事承認され、実際の出版に向けて動き出すことになりました。

 版権が取得できGOサインが出たのが2018年11月。その後、原井先生が、本業やらご自身の著書の執筆やらで多忙を極められるようになり、当初だいたい半々ずつというお話だったのが、先生の了解を得て最終的に私が三分の二以上を訳させていただく形となりました。当初の予定より遅れて今年の6月に訳了したのですが、翻訳期間が延びたことで、私は、勉強会や翻訳フォーラムのシンポジウム、二度の公開勉強会、勉強会・番外編の企画などを通じて、翻訳について考える時間をたくさんいただくことができました。この間に翻訳(原文と訳文)に対する向き合い方も少し変わったような気がします。番外編(2019年7月)終了後、結局、それまで訳していたものを一からの訳し直しに近い形で修正しました。その後実務の仕事を減らしたり休んだりしながら、どうにか訳了まで完走。二度の赤入れを経て校了となりました。

 そうそう、これは言っておかなければ。
 番外編の直後、著者のオーフリ医師ご本人にお会いする機会に恵まれました。プライベートの旅行で来日され、版権エージェントを通じて出版社に「時間が合うようなら(担当者や翻訳者に)会いたい」と連絡があったのです。指定の日時に上京し、原井先生のクリニックで一時間ほどお話させていただきました。
 実際にお会いするまでのオーフリ先生の印象は、実は「つかみどころのない人」というものでした。原書を読んだときは(その時点で私の読みが不十分だったのかもしれませんが)「しっかり者でハキハキものを言う強そうな方」という印象でした。批判すべきはきっちり批判する態度にそんな印象を抱いたのかもしれません。けれど、YouTubeのインタビューなどを拝見すると、落ち着いた語り口には「強そうな」ところはまったくなく、第一印象よりずっと柔らかい方のように感じました。
 実際にお会いした先生は、人なつこくチャーミングで、くるくる変わる表情がとても魅力的な方でした。ユーモアをまじえて楽しそうに旅行の感想を語り、仕事の話になると、一転して真剣な口調になりました。その口調からは、内に秘めた芯の強さが感じられました。それら全部をひっくるめた方なのだなと、先生風にいうならそのときmy gut feelingが納得した感じです。この経験は、翻訳する上でも大きな助けになりました。このあと本人の台詞の「口調」で悩むことは少なかったように思います。「あの人なら日本語でこんな風に言うだろう」と容易に想像することができましたから。
 著者とじかに話をするという幸運はそうそうあるものではないに違いありません。今回の経験で(翻訳)人生の運をすべて使い果たしていないことを祈るばかりです。


 このように「面白い本があります」と原井先生に原書をご紹介してからはとんとん拍子に話が進んでいったわけですが、自信をもって「面白い」と言える本に出会うまでには、「面白そうな原書を探しては読む」を続けた期間が長くあり、その間に出会った心引かれる原書の感想を訳者にお伝えした行動力(無謀ともいう)があり(実は一度ではありません)、迷ったときに相談できる信頼に足る相手がいて、ノンフィクション翻訳もシノプシスの書き方も一通り学んでいた――という風に、「そこに向けてやるべき最低限のことはすべてやっていた」からこその結果だとも思うのです。
 それでもラッキーだったには違いないということは、忘れずにいたいと思います。今はまだ「一冊(正確にはその一部)書籍を訳した」に過ぎず、実務翻訳でいえば、初仕事を納品した、というところでしょうか。その先継続して受注していけるかどうかは、初仕事以降も安定した質の訳文を継続して提出できるかどうかにかかっています。書籍の翻訳もひとつの仕事のスパンこそ違いますが、基本は同じではないかと思うのです。幸運と言うべきか、今年の3月に同じ著者の新刊が出版され、その翻訳を任せていただくことになりました。でもその先は、私の実力次第。精進を重ね、力をつけて書籍の仕事も続けていければと思っています。

 この先どのような形で仕事をしていくかについては、まだ決めかねています。もう体力的に無理のきかない年齢です。バリバリ働くことはできません。義父母の介護もそこに見えている。書籍翻訳は遅々として進まない日々もあり精神的にもキツかったけれど、訳文を考え推敲を重ねる過程はとても楽しいものでした。反面、実務翻訳にも別種の面白さがあります。試験の結果から考察を経て結論に至る論理的な説明はときに美しいとも感じますし、難解な取り扱い方法をいかに分かりやすく伝えるかにもやる気をかき立てられます。それに、実務翻訳からは毎月少額なりとも定期的に収入が得られる。しかし同時に、休んだり減らしたりした時期にコロナ禍が重なり、全体的に受注量が減ったという厳しい現実があります。取引先の開拓に動いた方がいいのか書籍(と勉強)に力を入れるべきなのか。今はまだ貯金を切り崩すことができるけれど、この先は――と悩みは尽きません。当面、両立に悩みつつ、手探りしながら進んでいくことになると思います。

 
 一部の方はご存じですが、「勝田さよ」はブログ主Sayoの本名ではありません。私を可愛がり、甘やかし、いつも遠慮がちにそっと見守り応援してくれた伯母の名前です。今回訳書を出版するにあたり、出版社に「ペンネームを使いたいのですが」とお願いし快諾いただきました。
NEXT Entry
『患者の話は医師にどう聞こえるのか』後編:どんな本なのか――私的あとがき・のようなもの
NEW Topics
「改めて考えよう、翻訳に必要な力」セミナー 終了しました
『イノベーターズI』を読みながら
本を読むための本
『患者の話は医師にどう聞こえるのか』後編:どんな本なのか――私的あとがき・のようなもの
『患者の話は医師にどう聞こえるのか』前編:本になるまで
『蜜蜂と遠雷』と翻訳と
「改めて考えよう、翻訳に必要な力」
JTFセミナー「文学作品を味わう」
Comment
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

Counter
最新トラックバック
検索フォーム
QRコード
QR