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2011. 08. 08  
フィギュアスケートのペアは、たとえば、カワグチ&スミルノフというように、女性の姓&男性の姓で呼ばれ知られるのが普通なのですが、かつて、(特に北米)フィギュアスケートファンの間で「G&G」として知られたペアがいました。彼らの後、たくさんのペアを見てまいりまして、カワグチさん達を始め、お気に入りのペアも何組もできたのですが、私の中では、今でもG&Gことゴルデーワ&グリンコフが不動の1位です。

フィギュアスケート的にはoffなこの時期、彼ら、特にグリンコフのことを思い出したのは、サッカーの松田直樹選手の訃報に接したからです(心からご冥福をお祈りいたします)。

1995年11月、セルゲイ・グリンコフは、Stars on Iceツアーの練習中にリンクの上で倒れ、そのまま、on-and-off-the-ice partnerであったエカテリーナ・ゴルデーワと幼い女の子を残して、帰らぬ人となりました。まだ28才の若さでした。

G&Gは、オリンピックで2度金メダルを取っています。
一度目(カルガリー/1998年)の時、グリンコフは21歳、ゴルデーワは17歳で、技術的には目を見張るものがありましたけれど、ゴルデーワの方がまだまだ女性というより少女という印象でした。それが、2年も経たない内に綺麗な(というより、「可憐」という言葉の方がぴったりですが)大人の女性に成長したのは、きっと2人の関係が、on-the-ice partnerからon-and-off-the-ice partnerに変化したせいもあったのでしょうね。
「まだまだ現役で」という年齢でしたが、五輪後2年ほどでプロ転向。翌1991年、祖国ロシアで結婚し、アメリカに移り住みます。翌年女の子も生まれ、プロが(一度だけ)復帰できる大会となったリレハンメル五輪で2度目の金メダルを手にし、まさに順風満帆であった時期の突然の死でした。新聞のスポーツ欄の片隅に、危うく見逃してしまうほど小さくその記事が掲載された時は、本当にびっくりしました。

リレハンメル五輪前後の2人の滑りは、この2人だから出せるオーラのようなものが漂っていて、ただもうため息がでるほど優雅で綺麗でした。ソルトレークシティ五輪でカナダペアと金メダルを分け合ったべレズナヤ&シハルリドゼの滑りも、どこか雰囲気が似ていて大好きだったのですが、やはり、本家G&Gには敵わないような気がします。個人的見解ですけど。

さて。
残されたゴルデーワが、グリンコフとの日々を綴った”My Sergei”(日本でも「愛しのセルゲイ」として邦訳が出版されました)が、アメリカで初めて手にした原書でした。作者がEkaterina Gordeeva with E.M. Swiftとなっており、当時、まだ英語がそう流暢ではなかったに違いないゴルデーワの話の聞き書きではないかと思われます。そのせいもあるかもしれませんが、とても分かり易い英語で、最初の1冊としてはぴったりだったなあと思うSayoです。

グリンコフが亡くなった年の冬、スコット・ハミルトンを中心とする、当時のStars on Iceツアーのメンバーだったスケーター達が音頭を取って、追悼アイスショーが開かれました。ツアーメンバーの他に、友人や生前グリンコフがrespectしていたスケーター達も招かれ、その中には、佐藤有香さんの名前もあります。
その中で、ゴルデーワが初めて一人で滑るシーンがあるのですね。
ペアの選手がプログラムを滑り始める前、リンクの端で男性が掌を上にして女性に手を差し出し、女性がその上に自分の手を重ね、手を取り合って、センターポジションに出ていくシーンをTV放映でご覧になった方も多いと思います。
氷上に登場したゴルデーワが、想像上のグリンコフの掌の位置に自分の掌を置いてセンターまで出て行き、そこで、手を放す仕草をして、1人で滑り始める、という感じで始まるプログラムです。何度見ても泣ける。

My Sergeiを読んだ印象は、「おとぎ話のようなラブストーリー」でした。ゴルデーワ自身が外見的に華奢で可憐ないかにも守られる存在的雰囲気を持った女性であったこと、グリンコフが年上だったこと、本の中で(ゴルデーワ目線ですが)いつも頼りになる大人の男性という感じで描かれていたことなどが相まって、特に結婚までは、「可憐な少女は憧れの白馬の騎士と結ばれました」という感じです(←再び、個人的見解です)。おとぎ話ならば、「そうして2人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ」となるはずですが、現実はそうではなく。
「でもその現実の世界を、これから一人頑張って歩いて行くからね」というゴルデーワの決意表明のようにも見えるマーラーの交響曲#5であります。

懐かしくなって、ついついYoutubeを散策してしまいました。
興味のある方は、Gordeeva & Grinkov, Olympic, tribute, 1988, 1994などをキーワードに検索してみてください。ついでに他の選手の滑りも堪能しておりまして、帰ってくるのが(?)遅くなりました。

さて、その後ゴルデーワはどうなったかといいますと。
暫くsingles skaterとしてStars on Tourなどで滑っていましたが、2002年にイリヤ・クーリックと再婚し、1女に恵まれました。長野五輪の男子シングルで優勝した、あのクーリックさんです(少し年下です)。今、2人がどうしているかは分からないのですが、2~3年前の記事では、前夫の娘と4人、仲良く写真に納まっていました。
おとぎ話は終わったけれど、現実の世界でもう一度幸せを手に入れた。で、精一杯頑張ってます・・・という感じの、美しくも逞しいゴルデーワ母さんの笑顔でした。


ああ、また語ってしまったよ
(しかもシーズンオフだというのに)
(しかも「翻訳通訳」カテゴリだというのに)。
というわけで、今日もこそこそっと去るSayoさんです。


SayoのBackgroundについては「はじめに」カテゴリの記事をご参照ください。
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医療機器の和訳も9年目。
老眼腰痛、最近は膝痛とも闘いつつ
翻訳人生をまっとうしようと奮闘中。
この頃になってやっと翻訳の奥深さ・
難しさ・楽しさが分かってきたような。
記事は「翻訳一般」多め、ときどき読書感想文、本業(医療機器)やや少な目。
(2019年4月現在)

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