屋根裏通信

在宅で細々実務翻訳をやってます。翻訳、英語の勉強、その時々の出来事などのんびり綴っています。

午後の部開始。

フォーラムワークショップ「めだかの学校」の発表

発表1-若松賤子による小公子の翻訳(明治23年)
漢文訓読調が主流であった時代に、初めて「ですます」調で書かれた。会話が自然で間投詞の使い方も上手く、現在も十分鑑賞に耐える。視点の移動は、発表当時は批判もあったが、賤子が情景(つまり絵)を思い浮かべながら翻訳していた証拠では。
この「小公子」の原文を題材として、程度の副詞(really, actually, in factなど)を、辞書の訳語説明を基に、意味や機能でいくつかに分類し、各所の該当する副詞がどれに当てはまるかを調べるということをやった。整理と分類→法則化→どの分類に当てはまるかを意識しながら訳す→無意識下で分類して訳せるようになる、という手順を踏むことで、最終的に翻訳速度も上がり、語彙の引出しも増えるのでは。

発表2-主述から文のきれつづきへ
(日本語の新聞記事を題材として、述語と主語を明確にし、文を再構成する作業について説明がありました。)
述語を明らかにし、そこから、主語の省略(の有無)や主語がどのように弱められているかなどを分析。主述のあいまいな悪文についても、ねじれ構造を分析。これらを翻訳にも上手く応用することで、よりコンパクトに訳文をまとめることができるのではないか。


今日から使える最新辞書ブラウザ事情(T橋あ)

(T橋あさんの辞書関連のお話は、セミナーで聞いたこともありますし、雑誌やご自身のブログに書かれた記事をいくつも拝見してきましたが、セミナーのたびに新情報が追加されるので、何回聞いても何かしら発見があります。こまめなメンテナンスには、本当に頭が下がります。今回の報告は新情報を箇条書きにするに留めますが、T橋さんのブログのURLを記載しておきますので、もしも未見の方がおられましたらご覧になってみてください。JTFジャーナルや通翻ジャーナル、翻訳事典などにも寄稿されています。)
「禿頭帽子屋の独語妄言 side A」
http://baldhatter.txt-nifty.com/misc/

・物書堂、BIGLOBEのスマホ/タブレット向けアプリは優秀。
・「英和翻訳基本辞典」(宮脇孝雄)の見出しがEPWing化された。元になった紙版の辞書は必要だが、検索が断然楽になった。-ブログ記事あり
・インターネット辞書・事典検索サイトのジャパンナレッジの紹介(有料)。-ブログ記事あり
・お勧めの紙版辞書の紹介(日本語誤用辞典、日本語 語感の辞典、てにをは辞典など)。
・「翻訳訳語辞典」の見出しがEPWing化された。-ブログ記事あり
・辞書ブラウザ上での成句検索のポイント。

(翻訳者の間では、「海野さんの辞書」として知られる「ビジネス技術実用英語大辞典」を編纂された海野さんご夫妻も出席されていて、出版に際しての苦労話などもお聞きすることができました。当日は、他の書籍とともにV5ダウンロード版も販売されました。現在V6の発売準備中とのことで、待ち遠しい限りです。V5版から約1割増しですし、これまでの最新版同様、過去版の誤りその他の修正も反映されるとのことですので、もちろん、発売即購入の予定です。)


述語から読む・訳す(T橋さ)

英日翻訳では、勘で訳せる部分が大きいため、日本語文法は軽視されがち。しかし、意識して維持向上を図らないでいると、得意言語(母語=日本語)の運用能力は下がる一方となる。その事実は、不得意言語(この場合英語)の上達カーブの立上がりが急であるだけに、その陰に隠れて見えにくい。
日本語運用能力を落とさないために、日英の文法のどこまでが共通部分で、どこまで対応させることができるのかをきちんと把握しておく必要がある。そのために、述部を探し出すということをやってみるとよい(述部を見つけ、構文を見える化した衛星図を作成する)。その述部が、動詞述語文、形容詞述語文、名詞述語文のいずれにあたるかを考えながら訳すことを続けているうちに、自分の頭の中で整理ができるようになり、最終的に翻訳スピードも上がる。

(この部分のメモは本当に殴り書きでしたので、上手く報告できるかどうか自信がなかったのですが、「翻訳事典2018年度版」のT橋さん担当記事(P56-57)を読んでみましたら、「そうか、そういうことだったのか」という感じで、当日のお話がすんなり頭に入ってきました。当日のお話と記事の内容から、翻訳は母語の言語感覚を犠牲にする作業なので、気をつけていないと母語の運用能力が落ちてしまう → 母語のスキルアップを図る必要がある → その際、日本語と英語はなるべくパラレルな形で整理する方がよい → 構文の述部に注意する訓練をしよう → 日本語の構文(述部)が問題なく把握できるようになったら、「なぜその構文なのか」という疑問を持とう → なぜ=伝えるための書き手の工夫である → 書き手の工夫が読み取れるようになればそれをどう伝えるかということにも意識が向くようになる=母語運用能力も上がる、という流れなのかなと推測しています。間違っていたらすいません。「翻訳事典2018年度版」をお持ちの方は、是非再読してみてください。)

フォーラム衛星図左90







アウトラインで読む-英文を正確に速く読む(F井)

読めていないものは訳せないはず。読めるとは、書き手の意図(誰に何を何のためにどんな方法でどんな状況で伝えようとしているか)が理解できることである。そのために、英語の書き手がどのように「書き方」を習ってきたかを知ることは重要。このやり方は、小学校から大学まで一貫している。
・まずアウトライン(設計図)を書く。
・Topic Sentence→Supporting Sentence(s) の流れが基本。1パラグラフにトピックは1つ。
この構図を読み取り、同じ構図で翻訳することが大事。最初に構図分析を行うと、最終的に翻訳スピードが上がり、調べものの無駄が減り、誤訳も減り、メリハリのある論理的な訳文を書くことができるようになる。
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2017.05.25 18:16 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
日曜日に東京で開催された翻訳フォーラムのシンポジウムと大オフ(懇親会)に参加してきました。

翻訳フォーラム主催「シンポジウム & 大オフ2017」イベントページ
(終了していますが現時点でまだ当日の詳細が記載されているのでURLを記しておきます)
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/015xveytug2r.html

またシンポジウムで紹介された資料やサイトの一覧はこちらのページで見ることができます。
シンポジウム2017で紹介した資料・サイトの一覧 (翻訳フォーラムブログ記事)
http://fhonyaku.blog.jp/archives/70691241.html

まだまだ咀嚼の途中ではありますが、記憶が新しいうちに記事にまとめておきます。
11時から17時まで、できる限り理解しようと努めながらノートをとり続けたせいか、夕方は脳が半死状態でした(単に脳が若くないだけという説もある)。

今年のテーマは「直訳と意訳の間で」。
イベントページには「どこまで原文に沿って、どれくらい離れるのが正解なのか。そもそも正解はあるのか。さまざまな角度から取り上げます」とあります。
「さまざまな角度から」とあるように、翻訳の歴史、「直訳と意訳」に対する各主催者の意見、術語からのアプローチ、原文(英語)作成者が学ぶライティングルール、辞書引きのおさらいと裏技、フォーラムワークショップの発表など、さまざまな切り口から翻訳が語られ、今いちど「よい翻訳とは何だろう、どうすればそれに近づけるだろう」を考える機会をいただきました。

「半死」だけではあまりにもあまりなので、レポートの前に、それ以外の感想を少し...

大事なことは、意訳・直訳云々ではなく、「その訳文は、原文が伝えようとするメッセージを、過不足なく、作成者が伝えようとしているやり方で(強調や記載の順番なども含めて)伝え切れているかどうか」を考えながら翻訳することを忘れないということだと再確認しました。「無意識のうちに常にそれができるようになる」ことが最終目標ですが、つい目の前のことだけに目が行きがちになりますし、年齢的なことを考えれば、努力の道半ばで力尽きるかもしれません。でも、たとえ力尽きるとしても、その日まできちんと頑張りたいです。お若い皆さん、おばさんも老体に鞭打って頑張っているのだよ。
今後、自分の弱点をよく洗い出し、その部分を強化していくという具体的な作業が必要になりますが、それはまたおいおいと。

こうした翻訳がクライアントさんの意に染まず、形式的な直訳を求められることもあるかもしれません。その場合、(もやもやしながら我慢するのではなく)「自分の翻訳の方が原文の意図や内容を忠実に伝えられているのだ」ということをきちんと説明できるよう「武装」しておくことも大事だ、ということも学びました。今お世話になっている翻訳会社さんは、意を尽くして説明すれば分かって頂けるところだと思っていますので、今後そういうことがあるようなら、きちんと対応していきたいとも思いました。


さて。
以下に、順を追って、(理解し得たかぎりで)内容に忠実にレポートしたいと思います。
昨年は、出席したいと思いながら叶いませんでした。今年もそのような方がたくさんおられるのではないかと思います。そうした方々に、たとえ少しでもシンポジウムの内容(の欠片)をお伝えすることができれば。
4名の主催者は、「屋根裏通信」の表記の原則に則り、I口、T橋さ、F井、T橋あと記載します。
間違ってメモした/発言の意図を取違えている可能性もあります。その場合の文責はひとえにSayoに帰するものです。


イントロダクション(I口)

最近「トランスクリエーション」という言葉をよく聞く。通常の翻訳より一段レベルの高い翻訳を指す言葉のように語られがちだが、「ソース言語とターゲット言語で同じ絵が頭に浮かぶようにする」作業が翻訳なのだから、翻訳作業そのものがトランスクリエーションではないか。
今日は、もっと昔から話題に上っている「意訳と直訳」について取り上げる。意訳と直訳は本当に別ものなのか、どちらかがよくどちらかが悪いのか、といったことを皆と一緒に考えたい。それぞれが、今日この場で語られたことを自分の仕事にどう応用できるかを考えてほしい。


翻訳の変遷(T橋さ)

(「意訳と直訳」について考えるための前段階として、日本における翻訳の歴史をまとめてくださったものです。江戸から明治期の翻訳について駆足で説明頂いたあと、戦後の国語国字改革への言及がありましたが、私の基礎知識と理解不足のため、順を追ってうまくまとめることができません。ご容赦ください。最近40年の変遷についてのみ簡単にまとめておきます-Sayo記...以降、括弧内の記述はSayoの補足になります。)

1980年代:
この時代の典型的な翻訳者像について説明。ワープロ専用機のAI変換は画期的。「つながる」手段がなく翻訳者は孤独。
1990年代:
マニュアルやローカライゼーション翻訳が出現。翻訳の絶対量が増加。パソコン通信浸透。翻訳フォーラムが生まれた。シェアウェア・フリーウェア・辞書ブラウザが生まれる。
2000年代:
TMが普及。シェアウェア・フリーウェアが全盛期を迎える。ウェブ検索が本格化。「次の翻訳に持っていって貼り付けられる訳」という意味のニュートラル翻訳が発生。
2010年代:
翻訳の低価格化、発注経路の変化。クラウドビジネスが生まれる。オンラインメディア用の翻訳が増加。


直訳とは、意訳とは(全員)
(4名の方が、それぞれ、自分の考えるところを語られました。)

T橋さ
ミラートランスレーションしてほしい、直訳しないでほしい等いろいろ言われることがある。英日間の翻訳では逐語訳による意味等価は無理だと思う。本来、「衛星図」(後述します)の向こうに見える絵が一緒であればOKでは。
F井
原文のIdeaを伝えることが大事。そこに意訳/直訳の別はないと思う。生徒に「足さない、引かない、動かさない」と教えるうちに自身がスランプに陥ってしまった経験を披露してくださった。「足さない、引かない、動かさない」の対象は原文ではなく、原文に込められたメッセージだということを忘れていた。機械的な翻訳と自分に都合がよく気持ちのよい勝手訳の中間に「よい翻訳」があり、行きつ戻りつしながら中間の位置に来ることを狙う努力をすべき。
T橋あ
原文のメッセージを伝えることが大事。直訳であろうと意訳であろうと、その文にふさわしい、原文の意を汲んだ訳文であればOK。なぜそのような訳にしたのかを言葉で説明できること。
I口
直訳にも意訳にも、それぞれ、よい直訳(意訳)、悪い直訳(意訳)があるのでは。よい直訳とは、原文の意味がきちんと出ているもの。よい意訳は原著者の意図をきちんと反映しているもの。そう考えると両者はほぼ同じものといってよく、「訳」は、翻訳、悪い直訳(字面訳)、悪い意訳(勝手訳)の3種類になるのでは。

フォーラム直訳意訳翻訳左90






(ここで、会場から、「超訳」をどう考えるかという質問があり、「原著者からOKが出ていて、超訳と謳っていれば問題ないのでは」との回答がありました。)

午前の部終了。
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2017.05.25 17:54 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(4) |
もうしばらく前のことになりますが、FBで、友人のベテラン医薬翻訳者さん(以下Cさん)が、口腔外科案件がきたときに役に立った辞書を紹介してくださいました。

口腔外科といえば、身をもってインプラント治療を体験したワタクシも黙ってはおれません(すでに6本のインプラント持ちという...フトコロ寒かった...)。
そうした過去がある割りに口腔外科案件の少なかったワタクシですが、このところ、少しずつインプラント案件を頂くようになりました。強度試験的なものが多いですが。

ということで、歯科(インプラント)案件で役に立ちそうな(立つかもしれない/もっていると安心的な)辞書参考書類をまとめてみました。


●  「研究社歯学英和辞典」
紙版(研究社、2012年、12960円)
http://webshop.kenkyusha.co.jp/book/978-4-7674-3470-4.html
CD-ROM版(LOGOVISTA)
https://www.logovista.co.jp/LVERP/shop/ItemDetail.aspx?contents_code=LVDKQ14010
*調べた用語はほぼ載っている感じ。ただし説明が少ないのが難点(Cさん)。
*訳語調べの第1選択肢。多少の分野知識があるヒトが使うという前提のようです(あたりまえか)。対訳君でも使用可能ですが、かなり文字化けがあって見にくいため、結局LOGOVISTAのブラウザで検索しています(Sayo)。

●  「歯科技工辞典」(医歯薬出版、初版、1991年、8640円)
http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=430201
*説明が詳しいので重宝しました。ずいぶん前に購入したものなのでどうかな~と思っていたら、1991年に発行されて以来改訂されずに増刷のみ繰り返しており、今でも本屋に並んでいるのは初版本(Cさん)。

●  「口腔インプラント学学術用語集」(医歯薬出版、2014年、3780円)
http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=457800
*用語の意味だけなら前述の2冊で十分。そしてすごく引きにくい(Cさん)。

●  「歯学生の口腔インプラント学」(医歯薬出版、2014年、8640円) 
138ページ(薄さがウリ??なので頁数も入れてみました)
http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=457810
*届いたときの感想「薄っ!」。医学書が高いのには慣れてますが、これはほんとにビックリしました。まあ中身はコンパクトによくまとまっており、知りたい情報も載っていたので元は取れたと思いますけど(Cさん)。
*医歯薬出版の該当ページでは一部中身を見ることができるのですが、目次内容と見本ページを見るかぎり「買ってもいいかな」的な参考書のように思えました。歯学生が対象ですし。そこそこ口腔外科案件も受ける/受けていこうと思っているなら持っていてもよいかと思います(といいつつまだ購入していないSayoです)。

●  「常用歯科辞典」(医歯薬出版、第4版、2016年、16200円)
アプリ利用権付(iOS,Android版)
こちらの画面で立読みが可能です。
http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=457900
*日→英辞書なので、巻末の英語索引が気になるところですが、かなり詳しい説明がなされていますし、図表も豊富のようです。あとはお値段との相談+受注頻度との兼合いかと。アプリ利用権ではなくCD-ROMをつけてほしかったところですが、「整形外科学用語集」の付属CD-ROMのように、立ち上げる度に対訳君を落としてくれる(確かに「動作は保証しない」と書いてありますけど...)付属CD-ROMもあり、一概に「CD-ROMが付属していればいい」とも言い切れないところがツラいところです(Sayo)。
 ** 「整形外科学用語集」のCD-ROM辞書は、以前のPC(32bitのWindows 7)では、対訳君も含め、特に他のソフトウェアに影響を及ぼすことなく正常動作していました。ソフトウェアやPCとの相性もあるかと思います。

●  「インプラントYear Book 2017」
(クインテッセンス出版、2017年、6912円)
https://www.quint-j.co.jp/shigakusyocom/html/products/detail.php?product_id=3397
*巻頭に「インプラント治療の10年後を予測する」(メーカー視点)という特集記事あり。その後は、各社による自社ラインナップの紹介+医師によるそのインプラントを用いた症例紹介(国内外30社)となっています。強度試験や比較試験報告書の多いワタクシ的には、さまざまなメーカーのインプラントについての知識が得られる本書は、「使わないかもしれないけどもっていると安心」的位置付けの参考書なのですが、受ける案件の種類によって不要という場合もあるかもしれません。非力な女性の方が上腕の筋肉を(軽く)鍛えたい場合にちょうどいい重さです(Sayo)。

●  「口腔インプラント治療指針2016」(医歯薬出版、2016年、2700円)
http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=457940
*「歯学生の口腔インプラント学」の医師対象版のような感じでしょうか。適度に図表もあり、解剖学的構造の説明もあってコンパクトにまとまっていますが、歯科医師が対象なので「知識があるのが前提」という感じです。ただ他の辞書参考書に比べればリーズナブルですし、参考文献リストもありますので、手元に置いておいてもいいかなと(置いてます-Sayo)。

また追加するかもしれませんが、ワタクシとCさんの現時点の感想をまとめると、上のような感じになります。
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2017.05.18 23:07 | 辞書・参考書 | トラックバック(-) | コメント(2) |
2月にヨレヨレの半死状態で提出したコチラの通信講座、ちゃんと添削して頂くことができまして、先日、時間差で2本の添削済みシノプシスが戻ってまいりました。2本目の戻りはGW中でした。休日返上で添削頂いたようで、本当に感謝しています。

どのシノプシス原稿にも40~50個のコメントがつく(注意点と褒める点の両方)と聞いてはいましたが、課題図書には約40個、自由図書には20個ほどのコメントが付きました。
自由図書のコメントが少ないのは、決してワタクシのシノプシスのできがよかったからではなく、シノプシスが短すぎたからです。もっと正確に言えば、あらすじが。なもんで、突っ込むところがないのよね。

リーディングのシノプシスは、ざっくり言うと、作品情報、著者情報、あらすじ、読後感(所感)から成り立っているわけなんですが、ワタクシは、2本どちらのシノプシスについても、あらすじへのコメントでも全体講評でも「あらすじが短く不完全で編集者にきちんと本の内容が伝わらない」と言われてしまいました。所感は意外にも「長さも内容も適切」と言って頂けて、そこは救いです。ワタクシは、仕事でもそれ以外でも、たとえオブラートに包んだ状態であっても、「ここはちょっと...」とネガティブな言葉にするのがとても苦手なタイプでして(他人に嫌われたくないという都合のよいタイプなのだった)、作品のよい部分、悪い部分を比較しながらきちんと文章にするのはなかなかしんどかったからです。

講評では、あらすじ部分の不完全さを「時間が足りなかったのかもしれませんが」と思いやって頂きましたが(まあ、それは事実なんですけど)、たとえ時間があっても、自分には短いあらすじしか書けなかったと思います。
どうも、ワタクシは、勝手に「あらすじは短い方がいい」と思い込んでいたみたいです。頂いた資料もきちんと読んだんですけど(<て、読んで「理解して」ねーだろ<自分)。2本のサンプル・シノプシスも、あらすじ部分は結構テキトーに読み流していました。

どうしてかなと考えていて(あらすじをまとめて文章にする筆力や構成力が不足していることは、ここでは取りあえず忘れておくんなさい)、それは、「読者を意識して」あらすじを書いていたからかなということに思い至りました。他の方はどうか分かりませんが、読者としてのワタクシは、結構少ない情報で「よし、この本を読もう!」と決めるタイプです。「あー、そこまで言わんとって(楽しみが...)」的な(<それで失敗することも多いのだった)。あらすじをまとめるときは、知らず知らずのうちに「自分」という読者を意識してしまい、そのために自分好みの、結果「編集者からみて情報の足りないあらすじ」になってしまったような気がします。でも、よくよく考えてみれば(というか、考えてみるまでもなく)、編集者はシノプシスの情報を基に「売れるかも」を判断するわけですから、過不足のないそれなりの長さのあらすじがいりますよね。
読後感の部分は「編集者に売り込む」ことを意識して書いているので、読後感としては「適切」と言って頂けたものの、逆に、全体として、バランスの悪いちぐはぐな印象のシノプシスになっていたかもしれません。

ということで、もう一度サンプル・シノプシスを読み直し、2本の原稿を書き直してみようと思います。

毎日の仕事では、目に見えない読者を意識することはなかなか難しい(報告書が多いんで意識するまでもないというか...)。
リーディング講座は、「きちんと読者を意識した文書を作成する」ということの大切さと難しさを改めて意識するよいきっかけになったかなと。訓練という意味で、ときどき「コレ」という原書のシノプシスを作成することはやってみようと思います。時間はないけど...まあ、何とか作るよ(あくまでも希望的観測です)。
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2017.05.10 23:40 | 翻訳 | トラックバック(-) | コメント(0) |
調律師が主人公の7編の連作短編集。
一種の「お仕事小説」と言えなくもないです。
内容バレバレの読書感想文なので、続きはお好みで。
(全部読んでから手に取られても、十分楽しめると思いますが)

主人公鳴瀬(文中「私」)は30代半ばの調律師。若い頃は将来を嘱望された新進ピアニストでしたが、10年前に交通事故で重傷を負い(その事故で、調律師だった妻・絵梨子を失います)、調律師に転身した過去があります。妻の死に対し、常に罪の意識を感じているようです。現在は義父が経営する鷹栖調律事務所に籍を置いています。
鳴瀬はもともと共感覚の持ち主で、ピアノの音を聴くと同時にさまざまな匂いを感じます。ピアニストだった頃は、音に呼応して色が見える「色聴」の持ち主でしたが、事故を境に「色聴」は消え、妻・絵梨子が持っていた「嗅聴」を持つようになっています。鳴瀬は、この匂いを頼りにピアノの調律を行います。
全体、ちょっとハードボイルドっぽい感じ。個人的にはこういう感じ好きです。

調律作業がかなり詳しく書かれているのですが、専門用語が多い上、素人には「こうなるようにこういうことをする」という説明そのものが難しく、頭の中をハテナマークが飛び交う箇所も少なくありません。それでも面白く読めてしまうのは、嗅覚を頼りにピアノを「気持ちのよい匂い」に戻していく過程(の描写)に、謎解きに通じる部分があるからなのかなと思います。
「共感覚」という言葉は初めて聞きましたが、Google Scholarをググってみると、かなりの数の論文がヒットしました。分かっていないことも多いようですが、きちんと研究されている分野でもあるのですね。

どの話も捨てがたいのですが、私は「朝日のようにやわらかに」という1編が好き。
ジャズバーのオーナーの「全体的に、少しだけタッチを柔らかくしてもらえないですかね。このピアノ、タッチを硬めにしてあるんで、不特定多数のピアニストに弾いてもらうには、ちょっと癖が強いかもしれないんで」(86頁)「前はそうでもなかったのでこのホールのせいだと思うんだけど、音に角がでちゃっているというか、樽で寝かせた時間が短いスコッチみたいな感じがするんですよねえ。決して不味くはないんだけど、できればあと五年は寝かせてほしい、みたいな。そのニュアンス、わかります?」(87頁)という要請に応じて、「どうすればそんな音になるか」を考えながら少しずつ調律を行っていくんですけど、作業内容にハテナマークは飛びものの、「こうすればこうなるだろう」という仮定の下に、目的の音に少しずつ近づけていく過程の描写には、こちらの胸をドキドキさせるものがあります。ラストでは、オーナーと鳴瀬が過去に出会っていたことも明らかになります。

第6話「超絶なる鐘のロンド」で、鳴瀬は、仙台市のコンサートホールでコンサート用のピアノの調律作業中に、東日本大震災に遭遇します。その地震の描写が「体験した者でなければこうは書けまい」と思えるほど真に迫ったものだったのですが、あとで調べてみると、著者は仙台の出身で、当時も現在も仙台市在住でした。地震の最中、ステージ上を自走し始めたグランドピアノを、演奏家と2人でステージ中央に押し戻そうとする描写があります。「迫ってくるピアノから一目散に逃げるべきところ、なにも考えずにピアノを押さえようとしており、それは隣の成澤も一緒だった。私も成澤も、素晴らしい音を奏でる高価なピアノを、無意識のうちに守ろうとしたのかもしれない」(186頁)。常に心の中にある仕事(職業)に対する姿勢の本能的な表出の描写のように思われ、自分もそうありたいと、何となく心に残った場面です。

震災の経験をきっかけに、鳴瀬は「嗅聴」を感じることができなくなります。音だけに頼って調律しなければならないことに不安を感じる鳴瀬ですが、ある夜、絵梨子(の幽霊というか、鳴瀬自身の心の声というか気づきというか...)が彼のもとを訪れ、「いつまでも自分を責め続け苦しんでいないで新たな一歩を踏み出してほしい」と語りかけます。
6か月後、被災地にピアノを届けるボランティアとして、純粋に音や演奏を楽しむ鳴瀬の描写で本作は終わります。
正直、ちょっともの足りない感が残ったのも事実。ハードボイルドできて、そう着地しますか、的な。

あとがきで、著者自身が、連載途中で震災を体験したため、それまでと同じように書くことができず、第6話で「(大きく)転調せざるを得なかった」と書いておられます。確かに、震災→共感覚を失う→妻の幽霊(?)に遭遇という流れには、若干の違和感というか唐突感を感じますし、私が感じた「ちょっともの足りない感」も、それに起因するものなのかもしれません。
あとがきには「作品の底辺に流れるテーマをも、当初のものからちがうものへと変更した」(244頁)ともありました。「妻の死についてひたすらに自分を責める」いう鳴瀬の人物造形も、そうした変更によるものなのかもしれません(最初の1、2話には、あまりそういう描写は出てこなかったので)。
最終話が書かれたのは、震災の2年後。震災を過去のものにできるだけの時間が経過したとはいえない時期ではありますが、著者は、鳴瀬の再生を描くことで、「時間は掛かるだろうけれど、残った自分を責めずに生きてほしい」ということも伝えたかったのかもしれないと思いました(いつものように的外れの深読みかもしれませんが)。

別にメッセージ色の濃い小説というわけではなく、「調律師」という仕事について興味深く読める1冊です。
表紙デザインも素敵なのだ。
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2017.05.05 20:24 | 和書・洋書 | トラックバック(-) | コメント(0) |